経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
この記事の写真をすべて見る* * *
アメリカの中央銀行であるFRB(Federal Reserve Board、連邦準備制度理事会)の議長に、ジェイ・パウエル氏が再任された。1期目とは一味違う気苦労が、彼を待ち構えている。
1期目はドナルド・トランプ対策が大変だった。トランプ親爺(おやじ)の支離滅裂な介入を上手にかわしながら、やるべきことをやる。1期目ではかなりの腕前を披露した。
2期目の彼がお付き合いするのは、ジョー・バイデン大統領だ。基本的にまっとうな人である。一見したところ、あまり気骨は折れそうにない。だが、実を言えば、本当の苦労はこれからだ。なぜなら、金融政策と財政政策のポリシーミックスという観点から考えた時、今のアメリカ経済は、なかなか解消困難なジレンマを投げかけてくる。わからんちん大統領の世迷言(よまいごと)を振り払うのとは、わけが違う。政策運営上の本格的な難問が提示されているのである。
ポリシーミックスとは、すなわち政策の組み合わせの意だ。金融政策と財政政策が、それぞれどのような役割を果たしながらコンビを組むか。的確な判断を下して、呼吸ピッタリの二人三脚を演じなければならない。
ところが、今この時のアメリカ経済に関しては、この金融と財政の絶妙なコンビ形成が厳しい。一方で、財政は空前の規模の大盤振る舞いを目指している。インフラ整備や教育改革、貧困対策に雇用創出。全方位的に財政出動し、活力あるアメリカ経済の再生を実現する。それがバイデン政権の基本姿勢だ。
片や金融政策は、久々の物価急騰に直面している。これが、インフレ本格化によるものなのか、コロナ絡みの供給制約による一過性のものなのか。この見極めが難しい。だが、いずれにせよ、これまでの金融大緩和スタンスを続けるわけにはいかなくなっている。
ただ、ここでFRBが金融引き締めに踏み切れば、財政出動によるアメリカ再生大計画に水を差すことになる。金融政策が財政政策の効果を打ち消す方向に動くことになってしまう。これでは、ポリシーミックスならぬポリシーコンフリクトだ。さてどうするか。わからんちん大統領攻略法とは、別格の悩みだ。
浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
※AERA 2021年12月13日号