「塩山蒔絵(まきえ)十種香道具」を眺める愛子さま/2021年11月22日、三の丸尚蔵館
「塩山蒔絵(まきえ)十種香道具」を眺める愛子さま/2021年11月22日、三の丸尚蔵館

 愛子さまは「ご感想」で、「人の役に立つことのできる大人に成長できますよう、一歩一歩進んでまいりたいと思います」と綴っていた。海の上の診療所における「愛子」そのものだ。愛子さまはぶれていない。冒頭でも書いたが、また書いた。

 この小説を読んで、もう一つ感じたことがある。愛子さまも看護師愛子も、落ち着いているのだ。全体が、しーんとした空気で包まれている。そこはかとない寂しさと言い換えてもよい。この感覚を表すにふさわしい言葉を探してみた。浮かんだのは「孤高」だった。

■美智子さまから継いだ

 愛子さまの文才はどこから来たのかと聞かれたら、「上皇后美智子さまから」と答えたい。美智子さまが語り、書いた美しい言葉は枚挙にいとまがないのだが、中から『新・百人一首 近現代短歌ベスト100』に収録された御歌をあげることにする。

<帰り来るを立ちて待てるに季のなく岸とふ文字を歳時記に見ず>(12年歌会始

 お題は「岸」。前年に起きた東日本大震災を詠んでいる。亡くなった人々を岸で待つ人々に、思いを致す。「岸」が歳時記にないというのは、つまり待つ人の心は季節を問わないということ。とは、選者で日本を代表する歌人、故・岡井隆さんの解説からの受け売りだ。岡井さんは美智子さまを「技芸すぐれた歌詠みでいらっしゃる」と書いている。

 この才能をまず受け継いだのは、娘の黒田清子さん。愛子さまが今回ティアラを借りた、叔母にあたる人だ。清子さんの才は結婚直前に『ひと日を重ねて 紀宮さま 御歌とお言葉集』という本が出版されたほどだが、中からある短歌を紹介する。

<遠い海今は見えないこの目でも波の音しかきこえない海>

 小学校2年生の清子さんが初めて歌会始に詠んだものだと、元東宮女官の和辻雅子さんが巻末で紹介している。すぐに「海の上の診療所」を思い出した。題材が同じだという以上に、そこはかとなく漂う寂しさのようなものが共通しているのだ。

 清子さんも愛子さまも、「皇太子の長女」として生まれ、「天皇の長女」として成年した。2人がまとう、孤高の空気。皇室に生きる厳しさを幼い頃から感じているのだろうか。

 来年の歌会始には、愛子さまの歌も披露される。お題は「窓」だ。(コラムニスト・矢部万紀子

AERA 2021年12月20日号

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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