42歳での電撃結婚。伝説の高齢出産から4年。母として、女優として、ますますパワーアップした水野美紀さんの連載「子育て女優の繁忙記『続・余力ゼロで生きてます』」。今回は、子どもの「見て!」への向き合い方について。
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今月は仕事がのんびりだったので主に主婦をしていた。
主婦の主な仕事は子供と旦那の散らかすものを片付けて回ることだ。
二人の後ろからついて歩いて、片っ端から散らかっていく部屋を片っ端から片付けるおばさんになる。
あとはお弁当やごはんを作り、幼稚園の送り迎えをし、ちょっとでも目をはなすと「みてー!」と大声を出す我が子を「見て」いることだ。
「みてー!」と言うので見ているのだが、見たからといって特別な動きをする様子はなく、
「まさか何もする気がないのか!?」
と思った頃に
「みてた?」
と聞かれて、この数十秒のあいだのどこに見るべきポイントがあったのか慌ててイメージを巻き戻して考える。
「み、みてたよ」
「どうだった?」
どうだった? どうだった、ってあんた、寝転がってただけじゃないのよ、と言うわけにはいかないので、
「すごいねー、もう一回やって?」
と促してみる。
「いくよー」
相変わらず寝転がったままの我が子の身体のわずかな動きも見逃すまいと目を皿のようにして、見る。
本当は洗い物の続きがしたいのだけど、片手にスポンジ、片手に泡にまみれた皿を持った状態なのだけど、手を止めて、見る。
ただ寝転がっているだけにしか見えない。
顔か? 顔で何かを表現している?
表情を見るが、特別おもしろい顔をしているわけでもない。
何か隠しているのか?
両手を見ても何も持っている様子はない。
背中に何かを隠しているのか……?
ちょっとかまをかけてみるか。何かを探すそぶりをちょっとして、
「あれ?」
と言ってみる。
「まだだよ!」
なんだ、まだ何もしていなかったのか。ずいぶんじらすじゃないか。