コロナ以前から「黙呑み」がルールの酒場がある。東京・神楽坂の老舗「伊勢藤」だ。なぜ静かさを求めるのか。AERA 2021年12月20日号で、記者がリポートする。
【イラスト】出社、飲み会…「ウィズコロナの5大問題」あるある集
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ウィズコロナ時代の理想の飲み屋を予見したような、“黙呑み”酒場は今どうなっているのか。マックス人数3人で、神楽坂の老舗「伊勢藤」(新宿区)に出かけてみた。
1937年の創業。薄暗い店内では、ご主人がひとり座して、唯一注文できる飲み物、日本酒の燗(かん)をつけている。時代劇に出てきそうな佇(たたず)まいで知られる。
実は自分は数十年前、この店でうっかりワイワイやってしまい、先代のご主人に「お静かに」と、ぴしゃりと注意されたことがある。ひー。私、ギャルだったんです。ごめんなさい。
時は流れ、自分もこの店が似合ういぶし銀世代に。もう二度と怒られまいと自分に言い聞かせて、縄のれんをくぐった。シーン……。カウンターに数人のお客さんはいるものの、こわいほどの静寂が店内を支配。壁にかけられた「希静」(静かなことを願う)と書かれた書も、黙呑みをたたみかけてくる。その中、カウンター横のテーブル席に座った我々3人は、緊張感でカチコチに。
「久々の外飲みなので、これはやらせてください」
連れの一人が、そう小声で宣言して、アクリル板越しにお酌をしてきた。ちょっと、お願いだから笑わせないで。と、もう一人の連れのスマホが鳴って、バイブが店内に轟(とどろ)く。やっちまったよと無音で笑っていると、運ばれてきたお通しに、苦手なニンジンを発見! ご主人が奥に行ったスキに、ニンジンだけティッシュにくるみ、バッグに詰め込んだ。給食を食べられない小学生かよ。
そんな手に汗握る無音宴会を進めるうち、カウンターの客が全員帰っていくタイミングに。そう、この店は、長居も禁物。このスキに、ご主人に静かな理由を聞いてみた。
「賑(にぎ)やかな店が多いなか、たまには静かな店があってもいいと先々代が決めたこと。酔った方などは丁重にお断りしています。コロナ以降、1人で来る静かなお客さんの比率は増えていますね」
古くて新しい店、黙呑み酒場に乾パーイ(無音で)。(ライター・福光恵)
※AERA 2021年12月20日号