撮影から37年後の「東京国際女子マラソン」で高橋尚子選手が失速した高力坂を下る12系統両国駅前行きの都電。8系統豊島園行きの都バスも続行していた。本塩町~市ヶ谷見附 (撮影/諸河久:1966年3月17日)
撮影から37年後の「東京国際女子マラソン」で高橋尚子選手が失速した高力坂を下る12系統両国駅前行きの都電。8系統豊島園行きの都バスも続行していた。本塩町~市ヶ谷見附 (撮影/諸河久:1966年3月17日)

 最後の写真が本塩町から高力坂を下る12系統両国駅前行きの都電。都電に続行するのは新橋駅前~豊島園を結ぶ8系統(後年・橋68系統に改番)の都バス。17キロを超えるロングラン系統だったが、現在は廃止されてしまった。

 背景にあたる市谷本村町の街並みも、撮影から半世紀を経た現在は高層ビルが林立し、大変貌を遂げた。画面後方の三叉路交差点が戦前の牛込区と四谷区の区境で、新宿区となった現在の住居表示「四谷本塩町」に旧区の名跡を残している。

■撮影:1967年9月17日

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諸河久

諸河久

諸河 久(もろかわ・ひさし)/1947年生まれ。東京都出身。カメラマン。日本大学経済学部、東京写真専門学院(現・東京ビジュアルアーツ)卒業。鉄道雑誌のスタッフを経てフリーカメラマンに。「諸河 久フォト・オフィス」を主宰。公益社団法人「日本写真家協会」会員、「桜門鉄遊会」代表幹事。著書に「オリエント・エクスプレス」(保育社)、「都電の消えた街」(大正出版)「モノクロームの東京都電」(イカロス出版)など。「AERA dot.」での連載のなかから筆者が厳選して1冊にまとめた書籍路面電車がみつめた50年 写真で振り返る東京風情(天夢人)が絶賛発売中。

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