渡邉みどり(わたなべ・みどり)/ 1934年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、日本テレビ放送網入社。59年の皇太子成婚パレード中継など皇室報道で活躍し、昭和天皇崩御報道では総責任者。80年、ディレクターとしてドキュメント番組「がんばれ太・平・洋―三つ子15年の成長記録」で日本民間放送連盟賞テレビ社会部門最優秀賞受賞。『心にとどめておきたい 美智子さまの生き方38』(朝日文庫)、『美智子さま あの日 あのとき』(講談社)など著書・監修多数。9月30日、自宅で死去。享年88。
渡邉みどり(わたなべ・みどり)/ 1934年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、日本テレビ放送網入社。59年の皇太子成婚パレード中継など皇室報道で活躍し、昭和天皇崩御報道では総責任者。80年、ディレクターとしてドキュメント番組「がんばれ太・平・洋―三つ子15年の成長記録」で日本民間放送連盟賞テレビ社会部門最優秀賞受賞。『心にとどめておきたい 美智子さまの生き方38』(朝日文庫)、『美智子さま あの日 あのとき』(講談社)など著書・監修多数。9月30日、自宅で死去。享年88。
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 渡邉みどりさんは、独自の視点で皇室を読み解いたジャーナリストだった。美智子さまを60年余にわたって見つめ続け、その「歌」にも深い思いを寄せていた。コラムニスト・矢部万紀子氏が、折々に詠まれた歌をひもときながら、渡邉さんが歩んできた道を偲ぶ。

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 渡邉みどりさんが亡くなって3週間が過ぎた。上皇后美智子さまと同じ1934年に生まれ、結婚パレードをテレビディレクターとして中継して以来、美智子さまを追い続けた。88年という渡邉さんの人生の後半、たくさんのことを教わった。感謝を込めて、振り返りたい。

 本誌と渡邉さんの関わりは深い。エリザベス女王死去に際しても、英王室と皇室のつながりを語っていた(9月23‐30日号)。女王即位60周年の午餐会(2012年)に美智子さまが身につけた着物を「最高格」ととらえての解説で、着る物と生き方と歴史を結びつける渡邉さんらしいものだった。

 私が渡邉さんと出会ったのも本誌だった。93年、天皇陛下雅子さまの結婚直前の取材で、以来ほぼ30年。渡邉さんに教わったことの一つに、美智子さまの歌があった。

 美智子さまには歌集『瀬音』(97年)もあり、歌人の岡井隆さんはその腕前を「詩歌一般についても深い教養をおもちで技芸すぐれた歌詠みでいらっしゃる」(『新・百人一首 近現代短歌ベスト100』から)と評した。渡邉さんは美智子さまの歌をいくつもそらんじていた。その一つ。

<幾光年太古の光いまさして地球は春をととのふる大地>(69年)

歌会始の儀」に詠んだ歌で、お題は「星」。当時、地球を「星」に見立てることは斬新で、そのスケールの大きさに「いずれすごい皇后になる」予感がしたと語っていた。

 その年の4月、初めての女の子(黒田清子さん)が生まれる。「地球は春をととのふる大地」とは、子を宿した美智子さまの気持ちそのものだったろうとも語っていた。美智子さまを「同世代を生きる女性」と捉える。渡邉さん独自の視点だった。

 美智子さまの和歌の師・五島美代子さんとの思い出も、渡邉さんはたくさん語っていた。美智子さまゆかりの人々に取材し、親しくなる。それが渡邉さんだった。

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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