実は彼について、旧知の記者に尋ねたところ「ああ、ワシントンでも浮いていたんだよね」と散々な言いようだった。朝日の中でも「実力はあるんだけど、空気を読めないところで疎まれて、本来いるべきポジションにいっていない」と評されていた。
が、実は「群れない」「(日本人同士の)空気はあえて読まない」という彼の飄々としたところが、大統領報道官をして、朝日新聞の土曜別刷りbeのフロントランナーに登場させる(2016年2月20日)ような仲になった原動力だった。
まず会見では、他の日本人の記者のように黙って座っているのではない。無駄だと思っても手をあげ続ける。あてられれば、下手な英語でも、自分にしかできない質問をする。他の日本人記者のようにインターン生たちを無視しない。ちゃんと挨拶をし、つきあう。そうすることでホワイトハウスの空気もわかってくるし、「トシはいいやつだ」という評判が上司につたわっていく。
そして、彼はホワイトハウスをカバーしている一方で、新しいメディアの動きにも敏感だった。中でも、元ワシントン・ポストの記者が、2007年にたった二人で始めたポリティコというウェブメディアの熱心な読者になった。ポリティコは、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストがカバーしないワシントンのゴシップや人事情報をとりあげていた。
朝日新聞が2014年に、従軍慰安婦問題と吉田調書の問題で揺れていた時も、こうした新しいメディアを立ち上げることを社内でペーパーを書いて熱心に説いた。
結局、朝日新聞の中では、彼の意見は採用されなかった。それじゃあ、自分でやるかと、直近のサンフランシスコ特派員時代に知り合った投資家たちに声をかけて、新メディアたちあげのために、社を辞めたというわけだ。
現在53歳。「追い出し部屋だ、リストラだ」と文句を言うかつての同僚たちを尻目に彼の顔は晴々としている。
新聞は、産経、毎日、朝日とこれまで大量の早期退職をつのってきた。現在の新聞の状況を鑑みれば、今後もそうした動きは加速していくだろう。それを、個人にとって悲惨な事態と考えるのは間違っている。むしろ、新しいことができるチャンスなのだ。