朝日新聞が、2023年度までに300人の早期退職を募るとわかってから2年弱。記者職を中心にすでに多くの人が朝日を辞めている。
辞めた記者の中では、古巣の悪口としか思えないものを書いている人ばかりがめだっている。今回は、今はまだ、世間的にはそれほど知られていないが、私が注目している一人の元朝日新聞記者のことを書いてみたい。
ただし、彼は、希望退職に応募したわけではない。辞表をだして今年6月30日付で辞めている。
私がまだ編集者をやっていた2017年1月、懇意にしている朝日の幹部を通じてその元ワシントン特派員は、「オバマのホワイトハウスについての本をだしたい」と連絡をしてきた。
きちんと何を書きたいか、アウトラインをつけてきていたが、私は会ったうえでこう断っている。
新聞は一日たつと古びてしまうが、書籍は違う。時間の経過に耐えうる必要がある。すでにトランプ政権が誕生しており、人々の感心は「この事件」が、今後世界をどのように変えるかにあると思う。誰も、オバマ政権であったことを、これから半年後に読みたいとは思わないだろう。
<「半年後にも書店に並ぶような本を意識したほうがいい」「新聞記事と、書籍は全く違う」というアドバイスは大変参考になり、拙著にいかさせていただきました>という彼のメモとともに、岩波書店から『乱流のホワイトハウス』と題された本が送られてきたのは半年後のことだ。
一読、舌をまいた。もちろん彼がホワイトハウスにいたのはオバマ政権時代のことだ。もう東京に帰ってきている。が、彼は、そこで開拓したニュースソースであるオバマ政権の高官たちに、トランプ政権は今後どうなるか、を語らせていた。
が、なんといっても楽しかったのは、彼がどうして、そうしたことができる関係にまでなったかを書いた第一章と第二章だ。最初は質問もあてられず、ようやくあてられても、英語がまずく、速記者が「In Audible(聞き取れず)」と起こしてしまう。しかし、やがて外国の記者の名前などほとんど覚えていない大統領報道官に「トシ」と名前で呼ばれ、会見でさされるようになる。そればかりでなく、政府高官が執務室に招き入れ、ビンラディン殺害作戦の全貌のような機微にふれる話をするようになる(この記事は2011年5月8日の朝日の朝刊の一面、二面を飾った)。