日露戦争激戦地の旅順。黄金山沖の海域(大連市)
日露戦争激戦地の旅順。黄金山沖の海域(大連市)

 10月20日に写真集『司馬遼太郎「坂の上の雲」の視点』(朝日新聞出版刊、税込み2970円)が発売される。ページごとに司馬さんの文章を掲載、写真と融合した世界を作り出している。撮影者で、週刊朝日載担当の小林修カメラマンに話を聞いた。

【写真】正岡子規の故郷、松山市の郊外

 竜馬を読んでも土方を読んでもおもしろいですが、やはり『坂の上の雲』はスケールが違います。司馬さんの渾身の作だなあと思います。組織論としてビジネス書のように読む人もいるけれど、この作品の世界はさらに深遠です。写真集を出そうと思ったきっかけはロシアですね。ウクライナ侵攻があり、『ロシアについて』を読み、『坂の上の雲』を読み直し、司馬さんが書いたロシアと現在のロシアがまったく変わっていないと驚きました。『坂の上の雲』のロシア軍人には勇敢な人も登場するが、兵の士気は低い。私もロシアの海軍記念日を取材しましたが、非常に士気が低い印象を持ちました。これで戦えるのかなという印象を持ち、それがまさにいまのロシアの戦況と結び付いています。

──司馬遼太郎記念館館長の上村洋行さんが、写真集に寄せた文章で書いている。「日露戦争を描いてはいるが、いわば、近代日本の青春時代を世界の動きとともに表現しているように思う。小林さんのレンズの視点もそこにフォーカスし、自身の感性で切り取っていく」

 登場人物で感情移入したのは秋山真之ですね。ロシア海軍を破る天才ですが、感覚的で繊細です。兄の好古さんは骨太で、明治の男という感じがします。好古は字が下手でも朗らかに書き、真之はきっちり書く。真之は正岡子規の親友で、文学を志した時期もありましたが、詩情を押し殺し、重責に耐えて時代を生き抜く。しかし参謀として優秀でも、戦闘場面で弱さを見せる。好古さんにはそういう弱さがない。弾丸飛び交う戦場で泰然としている。好古さんにはなれません(笑)。弱さを見せる真之に共感します。

 表紙は日本海海戦の舞台である沖ノ島西方沖で、「天気晴朗ナレドモ浪高シ」の海域で、いつもは波が荒いはずなんですけれど、この日はベタなぎ(笑)。でも、かえって静謐(せいひつ)な時間の流れを感じる写真になっていると思います。

次のページ