ちなみに、ジョージア州では「妊娠6週間以降の中絶は違法」と定められた。妊娠6週目といえば、多くの女性がまだ自身の妊娠の事実に気付かない段階だ。
「自分にとっては、目に入れても痛くないふたりの姪たちの存在が全て」と語るグランサムさんは、姪たちのためにも、中絶という選択肢を選べる自由を取り戻すために闘うことを決意した。
ゲイであるグランサムさんは、17歳の時に、自分の車のウインドーに置かれていた見知らぬ男性からのラブレターを母親に見つかり、「これは何?」と問い詰められた。
同性愛者であることをカミングアウトした瞬間、両親は彼を家から追い出した。
その後、地元のゲイ・クラブの屋根裏部屋で寝泊まりさせてもらい、高校に通った。
「同性愛者を“治療するセミナー”を受けて改心しなければ、大学の学費は1セントも出さない」と両親は激怒した。
結局、両親から金銭支援を1セントも受けずに、成績優秀者に与えられる授業料免除待遇と奨学金を得て大学に進学し、その後、医療保険会社に就職。カリフォルニア州へ移住した。
「同性愛者の自分は、当時は、愛する家族からも、まともな人間として扱ってもらえなかった」と彼は回想する。
「当時、南部では、性的少数派への差別が横行していた。自分は何とか生き延びて脱出し、中年の年齢になった。そして今、南部の州では、中絶が違法と定められている。望まぬ妊娠をして、誰にも言えずに悩んでいる若い女性たちが、今この瞬間に故郷にいると思うと、まるで過去の自分を見ているよう。手助けしないわけにはいかない」
アルトさんとグランサムさんは、職種は違うが、共にホワイトカラーの専門職として働き、経済的に安定した生活を送っている。例えばアルトさんは最近、オレンジ郡に念願の一軒家を購入した。
だが、ふたりとも、個人の生活に満足し、安穏と暮らすわけにはいかないという危機感が圧倒的に強い。その理由をアルトさんはこう語る。
「弱者の権利が剥奪されて初めて、多くの人は重大なことが社会の水面下で起きていたことに気付く。それが洪水となってしまったら、一気に堤防決壊する。それではもう遅すぎるから」
(ジャーナリスト・長野美穂)
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