対談は8月中旬、現在ボラさんが住む福岡で行われた。

ボラ ところがベトナムに行った時、私が韓国人という理由だけで、あいさつを返してもらえないという経験を生まれて初めてしました。私の祖父が軍人だったという理由で、韓国人が当時、民間人虐殺をしたという理由で、人々が私を敵対視する経験を初めてしたんです。それで私は国家というものは何なのか。私にも罪があるのか、そういう問いに直面したんです。とてもつらかったのですが、非常に貴重な経験でした。「教育と愛国」に登場する歴史の教授が「歴史から学ぶことはない」と言いましたが、同じような間違いを犯さないために学ばなければなりません。

斉加 そうですね。歴史を考えるということは、そういうことだと思います。

ボラ そして「教育と愛国」を通して、人々が歴史というのは誰によって作られるのか、その歴史は自分を含むのか、ということを考えるきっかけになればと思います。私は公的な歴史と私的な歴史がどのように合わさるかについていつも考えています。

なぜなら私の場合は両親が手話を使う聴覚障害者であり、私自身が女性であり、私の家は中産階級ではなかったので、私や私の両親の歴史は公的な歴史教科書には見向きもされないわけです。ならば、自分の歴史は誰が書くのかということについて、観客の皆さんがこの二つの映画を一緒に見ながら悩んで考えてほしいと思います。

斉加 映画を観た高校生が、自分は日本人として誇りを持てるような教育ではなくて、かけがえのない自分として自信を持てるようになりたい、そんな教育であってほしい、という感想を寄せてくださって、それがとてもうれしかったですね。

*「教育と愛国」は大阪・第七藝術劇場などで上映中。9月28日には上映後に斉加監督と藤原辰史さん(京大准教授)のトークショーがある。「記憶の戦争」は自主上映会を受け付け中。問い合わせはcontact@sumomo-inc.comへ。2人の対談の模様はMBSのユーチューブチャンネル(https://www.youtube.com/channel/UCWs6mUFUXxJSx2nBpwxw1oA)で公開中。

さいか・ひさよ 1987年に毎日放送(MBS)に入社後、報道記者を経て2015年から同放送ドキュメンタリー担当ディレクター。初監督した『教育と愛国』は公開3カ月で3万5千人を動員し、日本ジャーナリスト会議(JCJ)の今年のJCJ大賞を受賞。近著に『何が記者を殺すのか』(集英社新書)

イギル・ボラ 映画監督、作家。ろう者の両親を持つ聴者(コーダ)として、1990年に韓国で生まれる。ベトナム戦争時に祖父も所属していた韓国軍(猛虎部隊)が、民間人虐殺を行った事実を描いた「記憶の戦争」を製作した。他の監督作品に、自らの両親を温かい視点で描いた「きらめく拍手の音」など。

週刊朝日  2022年9月23・30日合併号

[AERA最新号はこちら]