演劇とは別に、小説を書くモチベーションはどこから来ているのか。それは自分自身の体験を「記録」することからという。表題作は、タイの小説を舞台化した「プラータナー」(2018年初演)の演出で2カ月半バンコクに滞在し、その経験を記録したいと思ったことから生まれた。

「ただ、自分の行動を日記のように、そのまま文章にしようとは思っていませんでした。僕にとっては小説を書くことが、“記録する”ということですから」

 表題作では、登場する食べ物や建造物は基本的に自分自身が触れたものを反映させながらも、中心となる人物は完全にオリジナルだ。他の収録作でも基本的に馴染みのある土地が舞台だ。いわば「記録」と「想像」が混ざり合ったものとなっており、こうした関係は「自分」と「他者」の境界の溶解に通じるものがある。

 今後は「人間以外の視点から」小説を書くことを考えているという。

「小説に限らず演劇などにも言えることですが、基本的に人間の視点で、人間の関心に沿った物語が展開されるのが今までの常識でした。モノの視点なのか、土地の視点なのかはわからないですが、人間の尺度を疑うような小説を書くことが今の僕の目標ですね」

(若林良)

週刊朝日  2022年9月16日号

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