
文句を言い合いながらも猛練習。森繁久彌が経営するヨットハーバー、佐島マリーナで合宿し、夜は客の前で試しライブ。「お客様はデビュー前の“ピンキラ”を聞いているんです。森繁パパにはお世話になった。息子さんの結婚披露宴で歌ったり、パパ主演の『屋根の上のヴァイオリン弾き』に出させてもらったり」
師匠いずみの交友は華やかだった。「野坂昭如さん、永六輔さんに中村八大さん、浅利慶太さん。皆さんが教えて下さった。先生のお宅は地上3階建てのビルだったり原宿の億ション。大きな贅沢(ぜいたく)を知った代わりに勉強と仕事で寝る暇もない。天国と地獄の両方を味わいました」
師匠の教えは「人気に頼らず音楽をきちんと表現するプロになりなさい」。「一番良い時代に一番の先生に鍛えてもらったんです。だから今の自分があるんです」
師匠には5回の結婚歴がある。
「先生は恋愛に貪欲(どんよく)で正直でした。好きになったらもうその人しか見えない。いくらヒット曲を出しても、別れるたびにそれまでの人に全てのお金を渡してね」
生涯の作曲数1万5千。いずみたくは誰もが口ずさめるシンプルなメロディで昭和のスタンダード曲を作り続けた。彼の活躍した時代は、音楽と大衆の「恋の季節」だった。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。新刊「松本隆 言葉の教室」(マガジンハウス)が好評発売中
※週刊朝日 2022年9月9日号