■朝帰りが増えたケンジを尾行
ケンジがボスになってしばらくして、土肥さんはケンジの朝帰りが増えたことに気が付いた。
「怪しすぎる……」
土肥さんはケンジの尾行を決意。ケンジは浜を出ると、離れた場所にある町まで行き、一軒の家に入っていった。ケンジの別宅だった。家の軒先に寝床まで作ってもらい、そこでは「ブッチャー」という名前でかわいがられていた。
「実はケンジはあちこちの家でかわいがられていて、それぞれの家でご飯をもらっては、夜はブッチャー邸で寝るという生活をしていたんです。だから名前も『おっさん』『ガンタ』『番長』『ドラちゃん』など、9個もあって」
■3匹の父になり“イクメン”発揮
その風貌と愛嬌(あいきょう)で、町の人たちも虜(とりこ)にしていたのだ。そして、女の子にモテなかったケンジだが、ついにゆきちゃんというメス猫と結ばれ、3匹の子猫のお父さんになった。通常オス猫は育児をしないものだが、ケンジはかいがいしく子猫の面倒を見たという。
3匹のうちの1匹の女の子を、土肥さんが引き取った。名前は「きっこちゃん」。土肥さんの家で、ケンジのようにいつも笑いを振りまいてくれる。
■冬は暖かい家でふとんまで
ケンジの現在は、というと……。夏場はパトロールに浜へと繰り出すが、寒い冬になると、ブッチャー邸から一歩も外へ出ず、暖かい家でふとんまでかけてもらい、惰眠をむさぼるという生活。人と暮らすための高い適応能力をみせるのも、ボス猫たるゆえんなのかもしれない……。
「ケンジは強いから優しいんです」と土肥さんはかみしめるように言う。ある日、「今日が撮影最後の日で、一回帰らないといけないんだよ」と声をかけると、ケンジはたんぽぽの咲く野原まで案内してくれた。
「こんな場所があるなんて、私も知らなかったんです。猫なんだけど、猫じゃないみたい」
■ケンジは、みんなを笑顔にしてくれる
土肥さんが撮るケンジの写真は、人を笑顔にさせる力がある。それは土肥さん自身が、ケンジといるとたくさんの幸せが舞い込んできたから。ケンジのおかげで世界が広がり、いろんな人と知り合うことができた。ケンジは、みんなを笑顔にしてくれる。
(編集部・大川恵実)
※AERAオリジナル限定記事