これはメディアの側にとっても大きな問題をはらんでいた。それまで広告主は、例えばニューヨーク・タイムズならタイムズ、フォーブスならフォーブスの読者の特性を見極めて広告をうっていたわけだが、そうではなくなる。そうなれば、限りなくメディア側のブランドの価値も低下していく。
それまで雑誌も新聞も、収入の8割近くを広告に頼っていた。紙からデジタルへの転換は、不可逆的に進んでいったが、多くのメディアは、ネットでも、広告料収入によって運営できると考えた。
が、グーグルやヤフーなどのプラットフォーマーが興隆するネットの世界では、トレバーはむしろ逆だと考えたのである。そこで、WPP時代にためた400万ドルをはたいてマンハッタンの小さな会社を買った。その会社は二人でスタートアップしていたが、サブスク(有料定期購読)を支えるシステムをメディアに提供しようという会社だった。
しかし、2010年代の前半は苦労した。そもそも地方紙をまわっても、まだ紙を中心とした経営を変えようとはせず、鼻であしらわれた。
その頃までに、競争社もたちあがり、ネットでの課金のシステムを提供していたが、トレバーの考えとは根本的に違った。ウォール・ストリート・ジャーナルを辞めたゴードン・クロビッツらが始めたジャーナリズム・オンラインという会社があったが、この会社の提供するPRESS+というシステムは、日本のdマガジンと同じで、PRESS+に入会すれば、たった25セントで様々な新聞や雑誌の記事が読めるという立て付けだった。しかしこれでは、そもそも各紙誌のブランドが限りなく希釈されてしまう。実際、メディア側にとってはPRESS+を使っても、記事を読まれれば読まれるほど赤字になっており、うまくいっていなかった。この会社はトレバーの会社に吸収されることになる。
トレバーは世界でも有数のメディアの街で育った。ニューヨーカー、ニューヨーク・マガジン、ニューヨーク・タイムズ、デイリーニューズ、ニューヨーク・ポスト、ビレッジ・ボイス、こうした紙誌を子どものころから読み、編集者の力がいかに偉大かを知っていた。