「シリコンバレー流の考えでは、書き手と読者を直接結びつけるシステムだけつくればいいじゃないか、ということになる。しかし、重要なのは、その雑誌、新聞の編集者が築き上げてきたその媒体の特性でありブランドなんだ。だからPIANOのシステムではばら売りもしない。プラットフォーマーに記事を出すのも間違いだ。定期購読を直接読者に提供し、それをいかに多くするか、サポートする技術を提供している」

 トレバーの会社のシステムは、まず欧州で花開いた。

 米国でもタイムやCNBCを顧客にすることができたが、7月に本社をニューヨークからオランダのアムステルダムに移している。

「プラットフォーマーに対する規制の強い欧州では、メディアはグーグルやフェイスブック流のデータ保管のしかたを極端に警戒する。PIANOは得られたデータをメディアと共有し、プライバシー規定も欧州のやりかたでやる。そのことを身をもって示すために本社を欧州に移転したんだ」

 英エコノミスト誌は、1996年には50万部だった部数が、2001年には76万部、最新の2021年の数字では112万部を数えるまでになっている。その秘密は、デジタル有料版を戦略の中心にすえ、エコノミスト誌でしか読めない記事をつくり続けたことだ。

 そこでしか読めない情報を紙でもネットでも、バラ売りではなく、パッケージで有料提供する。メディアにとっての最適解はそこにしかない。

下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文藝春秋)など。

週刊朝日  2022年8月19・26日合併号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。標準療法以降のがんの治療法の開発史『がん征服』(新潮社)が発売になった。元上智大新聞学科非常勤講師。

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