AERAの将棋連載「棋承転結」では、当代を代表する人気棋士らが月替わりで登場します。毎回一つのテーマについて語ってもらい、棋士たちの発想の秘密や思考法のヒントを探ります。渡辺明三冠(名人、棋王、王将)、森内俊之九段(十八世名人資格者)、「初代女流名人」の蛸島彰子女流六段らに続く11人目は、「戦後初のプロ編入試験合格者」の瀬川晶司六段です。発売中のAERA 2022年2月7日号に掲載したインタビューのテーマは「印象に残る対局」。
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「ホントに来ちゃった。凄すぎるなー」
2017年6月。瀬川晶司(当時五段、同47)はそうツイートした。順位戦C級2組開幕戦で藤井聡太(当時四段、同14)との対戦が決まっていた。そこまで藤井がデビュー以来無敗で来るというまさかが現実となり、藤井は25連勝で瀬川の前に現れた。
「天と地の差ですよね」
瀬川はそう自嘲していた。将棋界では、棋士になった年齢が重要な才能の指標となる。藤井は史上最年少で四段になったばかりのスーパールーキー。片や瀬川は奨励会を抜けられず、26歳で一度将棋界を去った。05年、瀬川はアマとして異例の活躍が認められ特例のプロ編入試験を受験。見事に合格し35歳で棋士になった。何もかも対照的な両者の対戦は大注目を集めた。
「いま思えば、あの当時は藤井さんもまだまだ粗いというか、けっこうスキが多かったと思いますね」
藤井リードの中盤から瀬川が粘り、形勢は混沌とした。
「藤井さんは終盤の入り口で、明らかな悪手を指した。『しまった!』と言って、膝をたたいて悔しがっているのを見て『そのあたりはまだ中学生だな。これは勝ったかな』と思ったんですよ」
もし瀬川が勝っていたら、藤井の将棋史上最多29連勝達成という奇跡は起こらず、将棋界の歴史も大きく変わっていたかもしれない。しかし藤井は、こらえて崩れなかった。
「藤井さんは悪手を2回は続けませんでした。1回の悪手ならまだリカバーが利く。立て直したのはさすがでした」
瀬川は終盤で競り負け、結果は藤井の勝ちで終わった。あの対局からもう5年近い歳月が過ぎようとしている。
「僕から見れば神みたいに強い人たちに、藤井さんは危なげなく勝ったりする。どれぐらい強いのか、僕にはもうわからないですね。僕が対戦した頃よりは角1枚ぐらい強くなっているのかもしれません」
(構成/ライター・松本博文)
※1月31日発売のAERA2022年2月7日号では、瀬川晶司六段の今の目標や、同じく編入試験に合格した今泉健司五段(48)に逆転勝利した一戦についても触れています。