ちょっとしたおにぎりの具材のセリフでも、シーンごとにいくつものパターンを試していきました。スタッフと話し合いながら、多いときは10パターンくらい録っていたと思います。短いセリフでも、ちょっと味付けを変えるだけでこんなに印象が変わるのかと思いました。そして、その一言の変化を積み重ねていくと、キャラクターのトータルの印象はどんどん変わっていくんだなと気付きました。
基本的にアニメのアフレコでは、キャラの表情や身ぶり、手ぶり、しぐさなどが絵で固まっていて、セリフの尺も指定されているので、声の表現もそれに応じて、ある程度パターンは決まってきます。でも、定められた枠の中でも表現のバリエーションは膨らんでいくんだなというのは、棘を演じてみて発見したことです。
――一方で、戦闘シーンでは棘の雰囲気が一変します。
棘は攻撃するときに呪言を使うのですが、攻撃のレベルが大きければ大きいほど、自分にもダメージが跳ね返ってくる性質を持っています。なので、敵に攻撃を仕掛けようと思ったら、自分も傷つくという一定の覚悟をもって攻撃します。その「覚悟の度合い」を意識的に設定しておかないと、リアリティーが出ない気がするんです。そこで、「この場面のこの攻撃は何%ぐらい本気を出しているのかな」と考えて、スタッフと意見交換しながら進めました。
――呪言を発するときは「おにぎりの具」のセリフと比べ、声の出し方や気持ちの乗せ方に違いはありますか。
シーンにもよるんですが、呪言は、声優が普通やるような、きれいで明瞭な発声とは違う方向性を探っています。劇場版では喉にダメージがくる描写も多いですし、強い敵に攻撃する際のセリフは普段の発声よりも喉に圧力を与えて、そこへダメージが来ているニュアンスを出すよう意識しました。
――後半の戦闘シーンでは、仲間のために、おにぎりの具ではない“あるセリフ”を発します。あれが呪言ではないとすれば、棘自身が発したおにぎりの具以外の貴重なメッセージになりますね。
真相は原作者の芥見下々(あくたみ・げげ)さんのみぞ知る部分ではありますが、僕としてはスタジオで確認をとって、呪言ではなく、棘のメッセージとして発しました。あの場面で仲間思いの棘の一面が見えますし、前半で描かれた、乙骨憂太が学友たちと友情を育んで、一緒に苦難を乗り越えてきた関係性が表れているのかなと思いますね。