にしざわ・あきひこ/神戸大学大学院国際文化学研究科教授。著書に『貧者の領域~誰が排除されているのか~』(河出書房新社)(写真:本人提供)
にしざわ・あきひこ/神戸大学大学院国際文化学研究科教授。著書に『貧者の領域~誰が排除されているのか~』(河出書房新社)(写真:本人提供)

 男性がこうした呪縛から逃れるにはどうすればいいのか。それには、自分の中にある「男の子」性を認識し、暴力的な感情様式を相対化することが大事だと西澤さんは言う。

「『恥』を捨てて『弱さ』をも差し出し、それを認めてくれる他者との交流が必要です。人前で恥をかく、泣く、弱音を吐く、分からないことは分からないと言う。目下の人や女性の前ならなおよい。そうした体験を意識的に行うことで『自己像の書き換え』を図るべきです」

■孤立は免れられる

 しかし、それを困難にしているのが「孤立」でもある。

「例えば『最近どうしてるの』といった、何げない会話を交わせる人が周りにいるかどうかは大事な要素です。そういう会話があれば、孤独は癒やせなくても孤立を免れることはできるかもしれない。そういう弱い関係のベールが一人の人の周りから消えていった。社会は弱くなってしまいました」(同)

 自殺相談の現場ではどうなのか。認定NPO法人「国際ビフレンダーズ東京自殺防止センター」の相談員を務める村明子理事は「拡大自殺という呼び方には違和感がある」と言う。

「他人をあやめるのは犯罪です。『自殺』のバリエーションのようなニュアンスが広まるのはまずいと思います」

 ただ、同センターでも2008年の東京・秋葉原通り魔事件以降、「自殺したいけど死ねないので、誰かを殺したい」と、事件を想起させる相談を受けるようになった。

「相談者の15%が自殺未遂経験者です。本気で死のうと思っても、人はなかなか死にきれません。それで、『他人を殺して死刑になりたい』とか、『誰かの力を借りて死にたい』とか、『通り魔に殺してもらいたい』と打ち明ける人もいます」(村さん)

 村さんは「死にたいので誰かを殺したい」という心理と、「殺してもらいたい」と考える傾向は「死ねない苦しさ」という点で通底しており、男女比に偏りはない、と考えている。

 拡大自殺をほのめかす相談者に、村さんはこう問いかけることにしている。

「あなたが誰かを傷つけることで、あなた自身の『死にたい気持ち』は、何か変わるんでしょうか」

(編集部・渡辺豪)

AERA 2022年2月14日号

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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