昨年10月に起きた京王線の刺傷事件を受けた訓練の様子。この事件では刃物を持った男に刺されるなどして乗客18人が負傷した
昨年10月に起きた京王線の刺傷事件を受けた訓練の様子。この事件では刃物を持った男に刺されるなどして乗客18人が負傷した

■攻撃性が社会に向かう

 だがそれも、家族を構成する一人一人が個人化されていく過程で許容されなくなった。DVを仕方がないこととして受け入れられる人も少なくなった。その結果、男性の恥辱は家庭内で解消されず、攻撃性の矛先はさまよい出る、というわけだ。

 これらを体現していたのが、昨年12月に大阪のクリニックで容疑者を含め26人が死亡した放火殺人事件だろう。事件後に死亡した容疑者は、2011年に長男の頭を刺したとして殺人未遂容疑で逮捕されていた。その際、元妻も含めた家族全員を道連れに心中を図ろうとしたことも報じられている。「家族に見捨てられた後、孤立した彼のような境遇の男性は多いはずです」(西澤さん)

 確かに拡大自殺に走るのは男性ばかり。一家心中との共通性を西澤さんはこう述べる。

「居合わせた人たちの命を自分で左右できる場を見いだす行為は、一家心中の主導権が家長にあるように、拡大自殺の現場で主導権を握ることを企図しています。攻撃性を放出する先を作り出してからでないと死ねなかった。それは家族に対する暴力と似たところがあります」

 かつては「家族」という王国を与えられていた男たちが、それを奪われた揚げ句、無差別に抽出した人々をもてあそぶ機会をつくって自殺する。そんな構図が浮かび上がる。「抑圧を受けて死ぬのは単なる負け。だけど、誰かを殺しながら死ぬのは負けじゃない。常に勝ち続けなきゃいけないのが『男の子』の宿命です。そういうふうに育てられてきたわけですから」(同)

■心に潜む「男の子問題」

 幼少期に刷り込まれた家父長制の幻影に、男たちは成人後も惑わされ続けるのか。「マウントをとるのは恥をかきたくない、下になりたくないからです。勝ち負けでしか物事を見ることができない男性は老若の別なくわんさかいます。私自身を含め日本男性の多くは『男の子問題』を潜在させています」(同)

 普段はジェンダー問題に理解を示す男性も、社会生活で屈辱を味わったり家族の中で自分が下に見られたり、といった刺激を与えられると、怒りの感情がポンと外に噴きだすことがある。ネット上でマイノリティー差別やヘイトを書き込んでマウンティングする傾向が中高年男性に多いのも、「男の子問題」だという。女性との関係についても「現実に目の前にいる女性は、前の世代の男たちの意識の中にある女性とは別の存在に変わっているのに、多くの男性は前の世代から受け継いだ感情様式をそのまま無自覚に再現してしまうため齟齬(そご)が生じるのです。無自覚だから、うまくいかないと被害者意識も持ちやすい」と西澤さんは言う。

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