
いざ事業を始めると、どんどんお金が出ていく。反して開発スピードは一向に上がらない。あっという間に資金が底をついた。株主は経営陣を責め立てる一方で、若い豊田や近清にささやいた。「事業領域をソフトウェアに絞るならお金を出すよ」「スピンアウトしちゃいなよ」
デジタルグリッドが「第二の人生」である60代の3人に対して、豊田や近清の社会人人生は始まったばかり。ここで袂(たもと)を分かてば自分たちは生き残れる。だが豊田が尊敬する太陽光発電のスタートアップ「ループ」の創業者、中村創一郎は言った。
「こういう時、逃げちゃダメだ。倒れるなら前向きに倒れろ」
豊田は腹をくくった。株主に突き上げられて、やつれきった阿部に言った。
「僕が社長をやります」
沈みゆく船の船長を買って出たようなものだ。最初に手をつけたのは乗組員に船を下りてもらうこと。整理解雇だ。14人の社員にありのままを話した。
「整理解雇なら失業保険が出ます。業務委託に切り替える手もありますが、次の資金調達ができるまで委託費は払えません」
「信じて入ったのに裏切られた」
そう言い残す者も含めて、2人の社員が辞めた。その間も豊田は資金繰りに奔走した。
「あと4億5千万円あればシステムが完成します。どうかもう一度僕たちを信じてください」
だが、一度裏切られたと思っている株主は簡単にお金を出してくれない。8月末、いよいよ資金が枯渇してきた。9月中旬までに2千万円を集めないと、本当に倒産する。大企業の知己が多い近清を中心に、残った12人が、「友達の友達」までたどって出資を頼んだ。(敬称略)(文/ジャーナリスト・大西康之)
※AERA 2022年2月21日号より抜粋

