東京・丸の内にある本社オフィス。昭和の雰囲気を残すビルに入るが、きちんとリフォームが施され、仕事がしやすい空間だ(撮影/写真部・加藤夏子)
東京・丸の内にある本社オフィス。昭和の雰囲気を残すビルに入るが、きちんとリフォームが施され、仕事がしやすい空間だ(撮影/写真部・加藤夏子)

 マーク「スタートアップで一番良いことはなんだか知ってるかい?」

 ベン「なに?」

 マーク「2種類の感情しか経験しないこと。歓喜と恐怖さ。しかも寝不足がその両方を促進するんだ」

 豊田の場合、先に経験したのは恐怖だった。

「危機感が足りないんじゃないか!」「なぜ計画通りに進まないのか!」

 19年6月末、会場は40社の株主から集まった100人近い代表者でごった返していた。会社側が運転資金が尽きたことを話すと、怒号が飛び交った。入社1年の豊田は、会社側の末席で体をこわばらせていた。

 デジタルグリッドは豊田の恩師、元東大特任教授の阿部力也が17年に立ち上げた。目的は「電力のインターネット化」。電力分野の研究者としては異端の彼は、Jパワーの上席研究員時代から「ネットのデータと同じように、電力もパケット単位で色付けすれば、どこで生まれた電力がどこで消費されたかが可視化できる」と唱えてきた。

電気に“色”を付ける

 安定した電力を届けるためには、電気の消費量と発電量を常に一致させなければならない。そうしないと周波数が変動し、最悪の場合、大規模な停電が起きてしまう。大手電力は日々、どこでどのくらい電力が消費されそうか、それに合わせて、どの発電所でどれだけ発電するか、気温や経済情勢を勘案しつつ予想し、不足が起きないようにすることを使命としてきた。

 そのなかで、天候や時間帯によって発電量が左右される再生エネは、巨大な電力システムの「邪魔者」になることがある。

 だが工場やオフィス、家庭ごとに、いつどれくらいの電力が使われ、どの太陽光や風力発電所で、いつどのくらいの発電ができるか正確に分かれば話は別だ。電気に色を付けるデジタルグリッドの技術は、AIで需要と供給の両方を、従来の手法よりはるかに精緻(せいち)に予測できる。

 豊田はその構想に魅せられ、学部と大学院で都合4年間を研究に費やした。だが豊田が大学院を修了する時点では、まだ構想の域を出ていない。同級生と同じように就職活動を始めたところ、東日本大震災が起きた。

「豊田くん、大丈夫だった?」

 電話してきたGSの面接担当者は、被災地から戻ったばかり。「ちょっと炊き出しに行ってたんだ」。困った人を見ると、いても立ってもいられない彼は、アフリカに学校を建てたこともあるという。外資系証券会社がどんなところかは分からなかったが「こんな人となら働いてみたい」と思った。

次のページ