写真はイメージです(Getty Images)
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 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、精子提供をめぐるある“事件”について。

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「SNSで知り合った男性から精子提供を受け出産した女性が、男性が国籍や学歴を偽ったことで精神的苦痛を受けたとして約3億3000万円の損害賠償を求めた」

 昨年末に報道された“事件”だ。報道によれば、男性は京都大学の卒業生で、結婚していないと話していたが、女性が妊娠した後に、実際は京大出身ではなく、既婚者で、中国籍であったことがわかったという。生まれた子どもは現在、児童福祉施設に預けられているという。

 報道された直後から、ネット上は母親バッシングにあふれ、今もそれは続いている。京大じゃないからって何? 日本人じゃないからって何? 差別主義者か? 被害者ぶるな! という怒りである。さらに、子どもが児童養護施設に入っている事実も多くの人を刺激した。私自身も、ニュースを読んで反射的に「子どもの人権がまったく無視されてるけど?」というようなことをSNSに投稿している。「理想の子どもを産みたい」という「欲望」は、何においても優先される感情なのか? という思いがあった。

 その後しばらくのあいだ、私は友だちとこのニュースについて話し合った。私は何かにいらだっていたのだけれど、その自分の苛立ちが何かもわからなかった。あまりにもわからなく、そしてその「わからなさ」のわからなさ具合もわからなかった。子どもが「オモチャ」みたいに扱われることのいらだちかもしれないが、それだけではないような不可解さ。この「わからなさ」は出生した子の人生をどう左右するのだろうと考えると、途方もない闇に包まれるような気持ちにもなる。つまりは、この“事”件は、私が知っている事件の枠組みを大きく超えていたのだ。

 ちょうどこの1年前の2020年12月に「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」が成立した。生殖医療ビジネスの促進を目指しているだけではないのかと疑いたくなるほど、稚拙で性急な議論のまま成立してしまった。私は国会を一度傍聴したのだが、AID(第三者の精子提供による人工授精)で出生した当事者たちが、議論を進めようとする議員に自身の体験をもとに「この法案は子どもの出自を知る権利を無視している」と訴えていた。その声は結局届かなかった。

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当事者の声は切実だった