白い清潔そうな壁と本棚を背景に赤いソファーに座る『米露諜報秘録』の著者ティム・ワイナーは、14年前とほとんど変わっていなかった。
「ハイ、シム(私の愛称)。久しぶり」
前号で、93年のコロンビア大学留学時代、紹介されたにもかかわらず忙しさにかまけて連絡せずに帰国し、94年にCIAから自民党への秘密献金報道がティムの手でなされたのを見てつくづく後悔したことを書いた。が、そのティムと2008年に私はニューヨークで会うことになるのだ。
当時私は文藝春秋の編集者で、ティム・ワイナーの最初の著作『CIA秘録』の版権を取得していた。日本語版に、CIAの日本への工作を特別に書き下ろしてくれないか、という交渉をするためティムに会ったのだった。
私のコロンビア留学時代にティムを紹介してくれたのが、フィラデルフィア・インクワイアラー紙の伝説的な編集者ジーン・ロバーツだということがわかると「なんて世界は狭いんだ」と言いながら胸襟を開いてくれた。
そしてその『CIA秘録』が日本で出版されると、来日し各社のインタビューに答えてくれた。当時ティムはまだニューヨーク・タイムズの記者だったが、タイムズはリーマン・ショック後、経営状態が急速に悪化、「Newspaper is dead!」こう吐き捨てるようにティムが言ったことをよく覚えている。
今は二人ともに組織に属さない書き手である。
──なぜこの本を書いたの?
「実はまったく別の本を準備していたんだけど、2018年7月にトランプとプーチンが並んで記者会見に応じたことがあって、そのあるシーンをテレビで見たことがきっかけなんだ」
その会見でアメリカの記者が、トランプの当選に、ロシアが秘密工作で影響力を及ぼしたのか、と聞いたのだった。するとトランプは、「我々のぼんくら情報機関は、そういう情報をあげているが」と言うとプーチンを見て、「しかし、彼に聞いたら、そんなことはしてない、と。私はプーチンを信じる」。この瞬間、別の本の作業を全てストップして、1年9カ月かけて『米露諜報秘録』を書き上げたのだという。