『春のこわいもの』
(1760円〈税込み〉/新潮社)
2020年3月(と作中では明記はされていないが)の東京を舞台に、感染症大流行前夜を描く6篇を収録した短編集。ギャラ飲み志願の女性、ベッドで人生を回顧する老女、深夜の学校へ忍び込む高校生、親友を秘かに裏切りつづけた女性作家……など、6人の男女が体験する甘美な地獄巡り。コロナ禍の息苦しさのみならず、〈わたしたちはいつだって「災厄の前日」を生きている〉という筆者の思想を色濃く反映した最新刊
(photo 編集部・戸嶋日菜乃)
『春のこわいもの』 (1760円〈税込み〉/新潮社) 2020年3月(と作中では明記はされていないが)の東京を舞台に、感染症大流行前夜を描く6篇を収録した短編集。ギャラ飲み志願の女性、ベッドで人生を回顧する老女、深夜の学校へ忍び込む高校生、親友を秘かに裏切りつづけた女性作家……など、6人の男女が体験する甘美な地獄巡り。コロナ禍の息苦しさのみならず、〈わたしたちはいつだって「災厄の前日」を生きている〉という筆者の思想を色濃く反映した最新刊 (photo 編集部・戸嶋日菜乃)

「感染症みたいなものすごく大きな得体の知れないものが覆い被さってきたときに、もともと持ってる逃れようのないオブセッションとか記憶とかそういったものが染み出してくる。それでどうしようもなくなるような状況を書くことで今っていうものを残せないかっていう気持ちでした。何となく怖かったものが明確になった人もいるだろうし、おろそかにしていたものにものすごく価値を見いだした人もいただろうし。私たちが隠してたものがどう引きずり出されるかっていうことに迫りたいという感じです」

 六つの物語はバラバラなようでいて、すべて「記憶」というキーワードでつながっている。記憶という実体のないもの。そのあまりにも曖昧で、あまりにも個人的なものが、各々の「生」にとても大きな力を持っているということを改めて思い知らされる。

「私たちはもうコロナがいつ始まったかもあやふやなそんな中で生きている。でも、コロナだけじゃなくて、どの瞬間も過去はそうなのかもしれない。希望と忘却はセットですから、忘れて傷が癒えていくということもあるでしょう。でも、それでもやはり変わってしまったものはあるし顕在化したこともある。そういうあの時期の手触りを残せたら。あと、私たちが本当は何に囚われているのかということも。読んでくれた人の中に絶対消化できない鉛のように何か一つでも残ればと、そんな気持ちです」

(ライター・濱野奈美子)

AERA 2022年3月21日号

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