AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
この記事の写真をすべて見る『父のおじさん 作家・尾崎一雄と父の不思議な関係』は、田中敦子さんの著書。著者の父が幼い頃、近所に住んでいたおじさん、その人がのちに文化勲章を受章した作家の尾崎一雄だった。東京大空襲で家族を失い孤児になった少年を見守り、何かと相談に乗り、人生の節目節目で支え続けた尾崎。彼を慕う父の心の内を思いながら、平和への強い願いへと至る味わい深いエッセー。田中さんに、同書にかける思いを聞いた。
* * *
昭和を代表する私小説作家で文化勲章も受章した尾崎一雄。その尾崎が芥川賞を受賞したばかりの1937年、引っ越した東京・上野桜木の家の向かいには田中敦子さん(60)の父・山下昌久さん一家が住んでいた。子ども同士の年齢が近く、仲良く行き来していた両家。しかし43年に深川へと移った山下家は東京大空襲に遭い、学童疎開中の昌久さん以外の全員が防空壕で窒息死した。その後親戚に引き取られた12歳の戦争孤児は辛酸をなめた。
田中さんは昌久さんに当時のことを聞こうと思い立つ。尾崎と昌久さんの関係は少し聞かされていたし、両家のことを書いた尾崎の作品も読んでいたが、昌久さんも高齢になり、いま話を聞いておかなければという気持ちに駆られた。
「いつかまとめておきたいと思い、資料を集めてノートに貼ったり父の話と突き合わせたりしていましたが、どういう形で始めてよいかがわからなかったんです。でもフリーの投稿サービス『note』で発信すればいいと気づき、この本の『はじめに』となる章をアップしてみました」
それを読んだ昌久さんはとても喜んだという。力を得た田中さんはその後も昌久さんに話を聞きながらnoteの発表を続け、一冊にまとめたのが本書である。東京大空襲で1人だけ生き残り、苦労しながら事業を起こし大きくしていった父の一代記というだけではない。