(c)2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
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 アカデミー賞4部門ノミネートで注目された「ドライブ・マイ・カー」。日本映画史上「おくりびと」(滝田洋二郎監督)以来13年ぶりとなる、国際長編映画賞(旧外国語映画賞)を受賞した。なぜここまで海外で評価されたのか。「アメリカの世情」をよく知る、ロサンゼルス在住映画ジャーナリストの猿渡由紀さんが解説する。

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 まず押さえておきたいのは、この映画はアメリカ人にウケてるのではなく“業界人”にウケてる、ということです。アメリカでは2021年の11月にニューヨークを皮切りに公開されましたが、これまでの興行収入は200万ドル(2億円)ほど。決して「一般の人に大人気!」という状況ではありません。しかしアカデミー賞を選出する約1万人の会員たち(俳優や監督、批評家などの映画人)に衝撃を与えました。

 それはなぜか。ひとつにはアメリカでは「コロナ禍でシネマが死んだ」のです。日本ではコロナ禍でも映画館が再開され「鬼滅の刃」が大ヒットしたりしましたが、こちらではロックダウンのあいだ1年以上も映画館が動かなかった。新作映画も公開を待たずに多くが配信されました。コロナ前から薄くなっていた映画と配信の境目がますますうやむやになり、映画人たちは「シネマとはなにか?」を改めて考え、その未来を憂えていた。

濱口竜介監督
濱口竜介監督

 そこに現れたのが「ドライブ・マイ・カー」だったのです。この映画はまさに「シネマ」です。まずこの話を3時間かけて作ること自体がアメリカでは常識外れです。「こういう話ならこのくらいの時間」という暗黙の了解があり、しかし濱口竜介監督は躊躇なくそれを壊して、堂々と時間をかけてゆっくりと作った。「え! こんな映画ありなの!?」という衝撃が大きかったのだと思います。

 しかも劇場で観た人たちは退屈せず、登場人物と一緒に長い時間を過ごし、その時間が最後に報われたと感じる。「ああ、なにかすごい体験をした」と思える。それこそが“シネマ”です。実はある記者に「途中で観るのをやめちゃった」とこっそり告白されましたが案の定、配信で観ていました(笑)。だからこの映画は絶対に映画館で観なければいけません。また主人公の家福が俳優・演出家であり、“創作”をテーマにしていることも、同じ仕事に携わる映画人たちに刺さった一因だと思います。

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