
■歌で感情を発露する
彼にとっての最大のチャレンジは、歌いながら演技をすることだった。ミュージカル映画は通常、事前に録音し、撮影では俳優は口パクで演技をするが、カラックス監督はすべての歌を同時録音することを望んだため、俳優にとっての難易度は並々ならぬものがあった。「僕らは念のため事前に歌を収録したけれど、レオスの考えは明快で、最初から同時録音と決めていた。『マリッジ・ストーリー』で歌うシーンはあったものの、僕にとって本格的なミュージカルは初めてだったから、何カ月も前からコーチについて歌の特訓を受けた。
ただそのあとでわかったのは、レオスにとって大事なことはうまく歌うことではなく感情の発露、それによって物語を語ること。普通のミュージカルのように、それまでの流れが変わっていきなり踊りと歌が始まるということはなく、セリフが歌であり、そこに真実がなければいけなかった。でもそれが、かえってうまく歌わなければいけないというプレッシャーを取り除いてくれた。
レオスは現場でものすごく集中して、どんなディテールも見逃さない。細かい振り付けのような演出があるなかで、俳優のなかから自然に生まれたものも巧みに取り込んでいく。つねに僕らと一緒にいて、その場のエネルギーを生み出していくような稀有(けう)な監督だ」(ジャーナリスト・佐藤久理子)
※AERA 2022年4月4日号