芥川賞作品や事件記事などを支えているのが、脚光を浴びることがほとんどない校閲者たちだ。すさまじい量のファクトチェックを黙々とこなす職人たちの姿に迫った。AERA 2022年4月18日号の記事を紹介する。
【写真】校閲が確認したゲラがこちら。アニメの話数、20年以上前のパソコンのスペックなど様々な疑問が書かれている
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「O」がキリル文字になっています──。
昨年末、書籍の原稿で校閲者からこんな指摘を受けた。アルファベット「O」とキリル文字「О」は同じに見えた。フォントや閲覧環境で徴妙な違いが出るケースもあるが、そのときは視認できる違いはなかった。
こんな誤りが起きたのは、私が全角のアルファベットを打つときに「おー」と入力して変換する癖が原因だった。改めて過去の原稿を見ると、これまでに何度もキリル文字を使っていたことがわかった。
各社のニュースサイトなどでキリル文字「О」が含まれる記事を検索すると、それなりの数がヒットする。文中にロシア語が登場するなど意図して使っている記事もあるが、私と同じようなミスと見られるケースも少なくない。
多様な経験を生かす
このミスを指摘してくれたのは大西美紀さん(59)。平凡社の出版物を手掛けるフリーランスの校閲者で、執筆者が書き、編集者がチェックした原稿に誤りがないかをさらに精査するのが仕事だ。
通常、書籍や雑誌の校閲者は原稿をページの体裁に印刷したゲラを用いるが、大西さんはあわせてPDF化されたゲラも確認する。私のときは文中の「iOS」という語をPDFの検索機能で一覧表示させたところ、ヒットする数が少なかったことから違和感を持ったという。
「なぜ同じiOSなのにヒットするものとしないものがあるんだろうと、しばらく悩みました。キリル文字になっているからだとわかったときは、自宅で『これだ!』と叫びました」
校閲者の役割は多岐にわたる。誤字・脱字を見つけたり、不自然な文を正したりすることはもちろん、事実関係に誤りがないか、原稿内に矛盾がないか、差別表現が使われていないか、さらにはゲラに体裁のズレがないかなどもチェックする。