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 小説家・長薗安浩さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『この国の戦争 太平洋戦争をどう読むか』(奥泉光 加藤陽子著、河出新書 968円・税込み)を取り上げる。

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 ロシアによるウクライナ侵攻が続く中で、また終戦記念日がやってくる。天皇の声でポツダム宣言受諾が発表され、日本が敗戦国となった8月15日。

 太平洋戦争とは、いったい何だったのか? 戦争に材をとった作品が多い小説家・奥泉光と、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』などで知られる歴史家・加藤陽子が対話を重ねて編まれた『この国の戦争』は、3部構成で大命題に挑んでいく。

 二人のアプローチは、今でも私たちの理解の根拠となっている「わかりやすい物語」に抗する史料に注目しながら進む。たとえば、幕末維新期から満州事変期までを対象としたI部を読むだけでも、天皇の言葉である「軍人勅諭」と「教育勅語」が大臣らの都合のよい読解によって変容。それらが国民に流布し、<一種の天皇教の聖典>になっていく経緯がわかって瞠目する。

 満州事変から太平洋戦争までを扱うII部へ進むと、だいたいは理解していたはずの歴史がさらにズレはじめて驚く。たとえば日独伊の三国同盟は、<アメリカに対抗したい、というよりは、南方の植民地の処理に興味があった>と加藤。南進論の日本にとって、フランスやオランダの植民地を分けてもらうためにはこの同盟が必要だったのだ。

 III部では、太平洋戦争の内実を知るための文学作品を取りあげ、改めて<物語なしに現実や歴史が捉えられない>私たちへの警鐘を鳴らす。私は、田中小実昌の『ポロポロ』を<物語から逃れ、語り得ぬ戦争体験を描く、非常に稀有な作品>と評する奥泉に深く共感した。

 定価も厚さも手頃な本ながら、ここには、日本の戦争について考えるための視点と史実がたっぷり詰まっている。

週刊朝日  2022年8月5日号