小説家・長薗安浩氏の「ベスト・レコメンド」。今回は、『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』(東畑開人、新潮社 1760円・税込み)を取り上げる。
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『居るのはつらいよ』で大佛次郎論壇賞を受賞した臨床心理士、東畑開人。彼の新刊『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』の装画には、海辺に置かれた小舟と2人の人物が描かれている。この2人は、おそらく、心理士とクライエントなのだろう。
経済のグローバル化とともに資本主義が隅々まで徹底され、自由と引き換えに自己責任が求められる日本社会。私たちは一人小舟に乗って夜の大海原を航海するように生きている、と東畑は指摘する。そして、そんな社会を「いかに生きるか」をテーマに掲げ、読者をカウンセリングすべくこの本を著した。文体も臨床らしく工夫され、主語は「あなた」になっている。
東畑が提示したのは、7本の補助線だった。「わかる」ためには「わける」ことが必要で、それらは複雑な心を分解し、自分の心でどのような葛藤が起きているのか明らかにする。たとえば、「働くことと愛すること」という補助線。働くことは、なんらかの目的があって、それを達成するために「する」のに対し、愛することの本質は何かとともに「いる」ことと分析。だから、働くことはお金と結びつきやすく、愛することは働くことにのみこまれがちとなる。
このような補助線の解説には、ミキさんとタツヤさんの事例が登場する。驚くような展開もあり、心の問題がいかに複雑で繊細か、生々しく理解できる。心は白か黒かはっきり区分できるものではなく、それらが混じりあった灰色なのだ。
この本は、不純で複雑な現実を生きる人々への正直な幸福論だ。書上カウンセリングを終えた私は、装画の2人を見ながらそう思っている。
※週刊朝日 2022年4月29日号