東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 4月12日に東京大学の入学式が開かれた。来賓で参加した映画監督の河瀬直美氏による祝辞が波紋を呼んでいる。ロシアによるウクライナ侵略を擁護する「どっちもどっち」論だというのだ。

 祝辞は全文がネットで公開されている。それを読むかぎりロシア擁護とは受け取れない。主旨は正義の暴走に気をつけろという戒めにある。ところが報道では「ロシアを悪にして安心してはいないか」という言葉のみが切り取られ炎上してしまった。

 とくに問題なのは、その炎上に名のある学者たちが参加していたことである。河瀬氏はロシアに理があるとは主張していない。悪を糾弾することで満足するなと指摘しているだけだ。これは一般論として正しいし、事実誤認なわけでもない。それを侵略の正当化として糾弾するのは、受け取る側の認知が歪(ゆが)んでいるのではないか。

 たとえば純粋な快楽殺人が起きたとする。だれが悪いかは明らかだ。加害者は厳しく裁かれねばならない。遺族が報復を求め、世論が寄り添うのも当然だろう。

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