「医師を目指したきっかけは、『ER緊急救命室』というアメリカのテレビドラマ。手術で命を救う救急医に憧れ、不慮の事故で苦しむ人や、未来ある子どもを助けたいと思いました。大学卒業後は大阪急性期・総合医療センターなどで救急医として働き、緊迫した命の現場に身を投じました」

そんな日々の中、臨床現場の実情をデータや論文で世界中に示し、救命率の改善につなげたいと考えるようになる。そして救急医として9年間のキャリアを積んだのち、ハーバード公衆衛生大学院に留学し、臨床研究や統計学を学んだ。そこで気がついたのが、公衆衛生学の重要さだ。
「イチロー・カワチという名物教授が、医療を川の流れに例えていたんです。病気やけがで苦しむ人を助ける臨床現場は下流で、病気やけがを防ぐ仕組みをつくる公衆衛生学は上流だというものです」
救急医時代、たばこをやめられずに何度も心筋梗塞で運び込まれるヘビースモーカーや、自殺未遂を繰り返す精神疾患患者に出会い、やるせなさを感じることがあった。
「救急医として、溺れて流されてきた人を救うことはもちろん大切ですが、そもそも溺れない仕組みをつくることで救える命は格段に増えるのだと強い衝撃を受けました」
日本におけるHPVワクチンの普及啓発に関心を持ったのも、同時期のことだった。
■ユーチューバーや他業種の仲間との協働で、訴える力が強まる
「日本の医療政策問題を研究するマイケル・R・ライシュ教授が、日本のHPVワクチン接種率の低さをいたく心配していたのです。命に関わる重大な問題をなんとかしなければと奮い立ち、医療政策の課題を議論する論文を発表するとともに、ツイッターなどのSNSを使った啓発活動にも力を入れ始めました」
大学院修了後はアメリカのヘルスケア関連企業に就職し、機械学習を用いた製品開発に携わっている。
「これまでは医者の経験や勘に頼っていた予後予測を、データで手助けする製品をつくっています。家ではツイートを書いたり執筆や取材対応をしたり……。医学生時代に思い描いていた医師像とはまったく異なる日々を送っています」
新型コロナウイルスワクチンやHPVワクチンの啓発活動は多方面からの賛同を得て、木下医師を取り巻くネットワークは広がり続けている。
「『こびナビ』や『みんパピ!』のメンバーのほとんどは、SNSを通じて知り合いました。今では法律家やアーティスト、コピーライターといった異業種の仲間も増え、多様な専門性を生かして、協働して情報発信を行っています。いろいろな才能を持つ方との出会いはとても新鮮で楽しいし、僕一人では絶対になし得なかった活動ができて本当に幸せなことだと感じます」
「みんパピ!」の取り組みとしては、21年の「子宮の日(4月9日)」に「もう『知らなかった』という理由で、死なないでほしい。」という衝撃的なキャッチコピーの全面広告を全国紙に出し、ツイッターでもHPVワクチンの普及啓発を熱心に訴えた。
最近では、実業家のひろゆき氏や人気ユーチューバー集団・コムドットなどのインフルエンサーともつながり、一緒にユーチューブで動画配信を行う。