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マレーシア・クアラルンプールを拠点にアジアの人々を撮り続ける写真家・Dane.F.MISAKIこと、三崎文雄さんのテーマは「それぞれの幸せ」。
「10年前にマレーシアに移住して、さまざまな国を撮り歩いていると、幸せというのはいろいろなかたちがあるなあ、と思いますね」
移住のきっかけをたずねると、かつて三崎さんはマレーシア人の妻とともに毎年、旧正月にクアラルンプールを訪れ、孤児院の子どもたちにお年玉を配っていたという。
ところが、河川敷に建てられていた孤児院が取り壊される計画が持ち上がり、そこで暮らす子どもを引き取ろうと、会社を早期退職してマレーシアに移住した。
「自分の人生はもう残り少ないし、子どもたちに自分が受けてきた恩を返せるんやったらと思って、移住を決めたんです。その後、マレーシア政府とは孤児院の建物の半分ほどに縮小するということで話がつきました」
孤児院はいまも存続し、三崎さんも以前と同様に孤児たちの支援を続けているという。
「カンボジアやミャンマー、ラオスもそうなんですけれど、一つのものさしで測れるような幸せって、ないんですね。文化や宗教とか、さまざまな環境のなかで、それぞれの幸せのかたちがある。それをずっと頭に描きながらいろいろな方を撮らせてもらっています」
■「ゴチャック」とは何か
最新作「祈りの道」の舞台は、標高5000メートルを超える荒涼とした山々が連なるインド北部のラダック地方。マイナス30度にもなる厳しい冬、チベット仏教の巡礼行事「ゴチャック」が行われる。
巡礼者たちは地面に全身を投げ伏す「五体投地」の祈りをささげながら2週間かけてゴンパ(僧院)を目指す。凍りついた道路をはうように進む人々の姿は荒々しい。しかし、彼らはゴチャックに参加できる幸せな人々という。
三崎さんが初めて五体投地を目にしたのは2016年。たまたま別な取材でラダック地方を訪れたときだった。
「スクルブチャンという集落で民宿に泊まったとき、宿のおばあさんがとなりの仏間でお祈りをしていたんです。それを見たとき、衝撃を受けました」
五体投地は文字どおり、両手、両膝、額と、五体を投げ伏す祈りである。
「何をされとるんかな、という感じで30分くらいじーっと見ていました。お話を聞いたら、仏教のなかで最高位のお祈りの仕方やと」