一方、今回のウクライナ軍の戦い方を見ると、「これは相当入念に準備してきたことを感じますね」と石津さんは口にする。
「軍事的なセオリーからすれば、開戦時には橋などの重要施設にはロシア軍の空挺部隊や特殊部隊がバーッと降りていって、確保するはずなんです。ところが、今回はそれがあまり見られなかった。ということは、それをウクライナ側がそれを予測して、阻止した、ということでしょう」
では、それら橋はどのように守られているのか?
「敵の来襲が予想される橋の前方には2重、3重の防御陣地が築かれます。もちろん、後方にも。さらに橋を守る特別な部隊が必ず配置されます。つまり、最後まで橋を死守しなさい、というわけです。そこには先の工兵部隊もいて、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際には橋を爆破して進軍を阻みます」
■橋を渡る危険性の認識
4月上旬、ロシア軍はウクライナの首都キーウ方面から撤退した。同月20日、特別軍事作戦は東部のドンバス地方などの完全制圧を目指す「第2段階」に入った、とロシア軍幹部は表明した。
しかし、1カ月が経過したいまもロシア軍は支配地域を広げることができず、ドネツ川の手前で足止め状態にある。
「ロシア軍が川に簡易的な橋を架けて渡ろうとしても、ウクライナ軍からすれば、そこだけを攻撃すればいいわけですから、渡河するのはなかなか難しいと思われます」
ロシア軍にとって大きな脅威になっているのが、米国がウクライナに提供した最新鋭の榴弾砲だ。この砲弾はGPSによって誘導され、数十キロ離れた防御陣地からの砲撃でも目標地点に正確に着弾する。
ロシア軍がドネツ川で大規模な渡河作戦に失敗した際、戦争研究所は辛辣にこうコメントした。
<渡河部隊の指揮官は開戦2カ月後にウクライナの砲兵能力の向上がもたらす危険性を認識できなかったか、単に無能か、部隊を統制できなかった可能性がある>
さらに英国防省は、こうも述べていた。
<このような状況で河川横断を実施することは非常に危険な作戦であり、ロシアの司令官がウクライナ東部での作戦を進展させるよう圧力をかけていることを物語っている>
支配地域を押し広げ、軍事作戦の成果を国民に強調したいプーチン政権。しかし、ドネツ川を渡ろうとすればウクライナ軍の高性能の榴弾砲によって狙い撃ちにされ、兵員や装備を失っていく。「行くべきか、行かざるべきか」、ロシアの現場指揮官は大変なジレンマだろう。
ウクライナ侵攻という「ルビコン川」を渡ってしまったプーチン大統領。この戦いの決着をどうつけるつもりなのだろうか?
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)