津野海太郎(つの・かいたろう)/ 1938年、福岡県生まれ。早稲田大学卒業後、劇団「黒テント」、晶文社などで活動。2020年、『最後の読書』で読売文学賞を受賞。著書に『滑稽な巨人 坪内逍遙の夢』『花森安治伝』『読書と日本人』など。(撮影/写真映像部・加藤夏子)
津野海太郎(つの・かいたろう)/ 1938年、福岡県生まれ。早稲田大学卒業後、劇団「黒テント」、晶文社などで活動。2020年、『最後の読書』で読売文学賞を受賞。著書に『滑稽な巨人 坪内逍遙の夢』『花森安治伝』『読書と日本人』など。(撮影/写真映像部・加藤夏子)
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 晶文社の名編集者、劇団「黒テント」の演出家として知られる津野海太郎さんは、80歳を迎える前から「Web考える人」で「最後の読書」を連載してきた。その2冊目にして完結編が『かれが最後に書いた本』(新潮社、2310円・税込み)だ。

「20代で『新日本文学』の編集部に入ってから、70代で大学を退職するまで、その都度、何かをつくる人としてぶつかった問題について文章を書いてきました。だから、物書きという意識はありませんでした」

 それが、人と一緒にする仕事が減ったことで、「私」が見たり聞いたりした生活のなかで感じたことを書くようになった。

「自分にとっては手つかずの領域で、だから生き生きとして書けたんだと思います」

 連載中に、女優の樹木希林、評論家の坪内祐三、作家の小沢信男、そして長年の盟友であるデザイナーの平野甲賀が向こう側に旅立った。

「たしかに寂しいし、残念だけれど、若い頃のような喪失感はない。むしろ、死んだ後の方が人間同士のさしの付き合いができる気がします」

 津野さんは、ドイツ文学者の池内紀、評論家の加藤典洋、作家の古井由吉が「最後に書いた本」に着目する。

「自分が死ぬことをバネに、最後に何ができたかに関心があります。樹木希林が亡くなる前に出た映画や、加藤典洋が最後に大きな字でシンプルな文章を書いたように、彼らの中で生まれた変化について、同時代を生きた私が書いておかないと、と思ったんです」

 転んで救急車で運ばれたり、目の手術を受けたりするように、自身の身体にも変化がある。

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