叡王戦五番勝負で初防衛を果たした藤井聡太五冠。2連勝(1千日手=引き分け)で迎えた5月24日の第3局を接戦で制した後も謙虚さは変わらなかった。AERA 2022年6月6日号の記事を紹介する。
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対局後、出口若武六段(27)はがっくりとうなだれた。藤井聡太叡王(19)相手に敗れ、これだけ悔しさをあらわにする対局者は、最近ではそう見られなかったかもしれない。
終局後、両対局者は大盤解説場に移動し、壇上からファンの前に姿を見せた。
「最後勝ちがあったような気はしていたので、ここで終わってしまうのはとても悔しいというか……。またがんばりたいと思います」
出口はそこまで言ったあと、あとは涙が止まらなくなり、しばらくうつむいていた。将棋ほど負けて悔しいゲームはない。強敵を相手に、あと少しで勝ちというところまでこぎつけていながら、わずか一手のミスによって勝ちを逃してしまう。少しでも将棋を知る者であれば、打ちひしがれた出口の姿を見て、その無念が伝わり、身につまされるような思いがしただろう。観客席からはしばらく出口に対して、拍手が鳴りやまなかった。本局は出口が惜敗した一局として、後世に伝えられるだろう。
「自分に負けた相手があれだけ激しく泣かれているのを見ると、どんな気持ちになるものなんでしょうか?」
記者会見の場で藤井は、そんな質問を受けた。それを聞いて、どうしようというのか。はっきりものを言う棋士であれば「愚問」と切り捨てたかもしれない。しかし藤井は誠実に、出口の心情を気遣いながら、言葉を選んでこう述べた。
「出口六段からすると、やはりそういうふうに思われるのも自然というか、それはやっぱり自分であってもそう思うところはあるのかな、とも思います」
■番勝負で13連勝を達成
現代将棋界のトップの言葉は、常に謙虚だ。
「中盤で長考した場面が多かったんですけど。ただ、それでもなかなか判断がつかないこともあったので。そのあたりは課題を感じました」(藤井)
かくして藤井は堂々の叡王防衛を達成した。あとは例によって藤井自身は興味がなく、棋界ウォッチャーたちが注目する記録の数々をたどっていこう。
藤井は10代のうちにタイトル通算8期を獲得した。数字の上では加藤一二三九段(82)や木村義雄十四世名人(故人)に並ぶものだ。