クリス・ロックさん(左)を平手打ちしたウィル・スミスさん(右)は、アカデミー賞授賞式など関連イベントへの参加が10年間禁止となった(photo/Getty Images)
クリス・ロックさん(左)を平手打ちしたウィル・スミスさん(右)は、アカデミー賞授賞式など関連イベントへの参加が10年間禁止となった(photo/Getty Images)
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 俳優のウィル・スミスが、妻の容姿をジョークに使われて激怒した「平手打ち」騒動。日本とは違う、米国の「いじり」事情が垣間見える。AERA 2022年6月13日号の記事から紹介する。

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「外見をからかって、人格を傷つけるなんて。日本では、公の場でいじることはなくなってきた印象がありますから」

 薄毛の人を取り巻く状況を長年研究してきた社会学者の須長史生・昭和大学准教授(55)は、そう憤ったという。「事件」が起きたのは今年3月、米アカデミー賞の授賞式だった。

 俳優のウィル・スミスさん(53)が、プレゼンターを務めたコメディアンのクリス・ロックさん(57)を平手打ちにした。ロックさんがスミスさんの妻ジェイダ・ピンケット・スミスさん(50)の髪形をジョークにして、「『G.I.ジェーン2』が待ちきれない」と言ったからだ。「G.I.ジェーン」は、短髪の女優が米海軍特殊部隊兵を演じた1997年の映画。ジェイダさんは2018年に脱毛症を公表し、髪を短く刈り込んでいた。

■弱い者が強い者と闘う

 須長さんは言う。

「私の調査では、男性の友人同士なら、いつかハゲるかもというお互い様の気持ちで『薄くなってない?』と冗談を言い合います。でも、女性や仕事関係の人の前では『髪が薄くなりましたね』とはいじられたくありません。かっこ悪い姿を見せたくないでしょう。笑われないように、男らしく動揺をしていないふりをするのもつらいのです」

 一方、米国ではスミスさんの暴力のほうが問題視された。オーストラリア出身で日本のお笑い芸人、チャド・マレーンさん(42)はこう話す。

「ロックさんのいじりの程度は普通だと思いました。アカデミー賞の授賞式ではコメディアンがブルジョアである俳優たちをこき下ろすというお決まりの流れがあるし、欧米では弱い者が強い者にお笑いで闘う歴史があるからです。ロックさんはスタンダップコメディアンとして、人が言いたくても言えないこと、ちょっと踏み込みづらいことでも言うべき存在。政治、宗教、人種差別を笑いというオブラートに包んで取り上げることを使命とするコメディアンは何を言っても許される存在のはず」

 ただ、こうも指摘する。

「容姿をいじったわりには、イマイチ面白くなかったのがダメでした。日本の芸人風に解説すれば、『ツカミが滑って、オチもなかった』といったところ。ちょっとの間の違い、言葉の工夫でウケが変わってくるものです」

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