そのおっさんと飲んで、さて帰ろうとしたら、おっさんが急にもじもじし出して「持ち合わせがない」なんて言うもんだから俺が飲食代を払って、タクシーで帰ろうとしたらおっさんも乗り込んできた。「泊まるところがないから部屋に泊めてくれ」なんて言うんだよ!

 さすがにそれは断ったけど。思い返せば、相撲部屋では知らない人が寝ているなんてしょっちゅうだったよ。一人ぐらい増えても分からないからね。俺の一般のファンとのファーストコンタクトがそれだったもんで、しばらく一般人に対してはガードが堅くなったよ。ほら、当時はまだ17~18歳だったから。酒を飲んでいいか悪いかは別として(笑)。

 そんな相撲界で最高のファンサービスをしたのは大鵬さんではないだろうか。大鵬さんは1969年から2009年まで、浴衣の売り上げを使って日本赤十字に血液運搬車を贈る活動をしていたんだよね。「大鵬号」という名前をつけて、今でもその車が活躍しているんだ。

 横綱になったときからやり始めて、70台も寄贈したんだからすごい。なかなかそこまで着想できないし、当時の俺たち下っ端は「大鵬さんは変わったことをしているな」と思う程度だったけど、年を重ねるにつれてすごいことをしていると実感している。長い間、コツコツと社会貢献を続けて、全国に「大鵬号」を走らせているんだから、やっぱり大横綱はファンサービスもやることが大きいね!

(構成・高橋ダイスケ)

天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす。

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