仮放免中のジャックさんは、当然、働くこともできない。リンガラ語教室は、そんなジャックさんの境遇を心配した人々によって開かれている。

 最初に立ち上がったのは私の友人、文筆家・イラストレーターの金井真紀さんだ。

 金井さんとジャックさんの出会いは2021年春。連日、入管法改悪案に対する抗議運動が展開されていた永田町で、ふたりは知り合った。抗議のシットインに参加していた金井さんに、ジャックさんが話しかけたことで縁ができた。LINEを交換し、その後も抗議運動の場で顔を合わせる機会が増えた。

 ある時、金井さんはジャックさんのスマホに収められた母親の写真を見せてもらった。

「うわあ、きれいな人」

 笑顔で反応した金井さんに、ジャックさんは「オカアサン、シンダヨ」と返しながら、自分の手で首を斬る仕草をした。


「なにを、どう理解してよいのかわからなかった」と金井さんはその時のことを振り返る。

「ただ、もっと知らなければいけないと思った」

 コンゴの歴史を学んだ。ジャックさんの境遇を聞いた。

 理解を深めていく過程で、ジャックさんにとって目下の一大事が、働くこともできず、強制退去や入管収容の恐怖にひとりで脅えるしかない“孤独”であることに気がついた。

 難民として認められなかったジャックさんは、前述したように就労資格を奪われている。本当にふざけたシステムだ。仮放免中は生活保護や健康保険などの福祉も適用されない。帰国か、飢えるか。そんな選択肢しか与えられないのだ。死ねと言わんばかりの政策は、様々な国際機関から批判されている。

 そもそも、日本は1981年に国連が定めた難民条約を批准している。「国が守ってくれない人を、国際社会で助ける」というのが、難民保護の基本的な考え方だ。にもかかわらず、ジャックさんのようにどれだけ迫害の証拠を提出しても難民認定を拒み、追い出そうとする。就労を認めず、生活支援もしない。こうした政策は同じく日本が批准している国際人権規約にも反するものだ。

 こうして日本に逃れた人々は追い詰められる。失望と後悔を重ねる。

 だから――祖国から逃れたひとりのコンゴ人と「知り合ってしまった」金井さんも、もう、後には引けなかった。「何もすることなく、ひとりで家にいるのがつらい」とこぼすジャックさんに、金井さんはあなたはひとりではないのだと伝えたかった。

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ジャックさんを囲むリンガラ語教室が始まった