ラエ・リンの話すことは意味不明になっていたが、それでも、科学者であった時常に口にしていた言葉「何か自分が助けられることはないだろうか」は、最後まで残った。

「お別れの会」は、1月8日、サンフランシスコ湾をのぞむ「FIREHOUSE」というかつての消防署を改造したメモリアルホールで行われた。多くの友人や科学者が集まったが、リサは、友人としてこんな弔辞を読んでいる。

「ラエ・リンが開発に参加したアルツハイマー病治療薬のアプローチは、一昨日、FDAが承認した新薬のそもそもの出発点でした。なんとほろ苦い(bittersweet)真実であることでしょう」

 夫のレジス・ケリーは私へのメールにこう書いている。

「彼女の言葉が意味をなさなくなっても。自分で食事をとることができなくなっても。最後まで彼女はやさしく、美しかった」

 多くの研究者の希望、思いを礎に「アルツハイマー征服」への登頂は続く。

下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディアに関する作品を発表する一方、2000年代からアルツハイマー病の治療薬の開発について取材を進め、昨年『アルツハイマー征服』として上梓した。

週刊朝日  2023年1月27日号