宮治淳一(みやじ・じゅんいち)/1955年、神奈川県生まれ。音楽評論家、ラジオで音楽番組のDJも務める(撮影/奥田高大)
宮治淳一(みやじ・じゅんいち)/1955年、神奈川県生まれ。音楽評論家、ラジオで音楽番組のDJも務める(撮影/奥田高大)
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 11年ぶりにニューアルバムをリリースする山下達郎さん。長年音楽業界に携わってきた音楽評論家・DJの宮治淳一さんが、「山下達郎の音楽」について解説する。AERA 2022年6月20日号の記事を紹介する。

【宮治さんが選ぶ山下達郎さんの“1曲”はこちら】

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 シュガー・ベイブの「SONGS」がリリースされた1975年。乱暴に言うと、当時の日本には歌謡曲と演歌しかありませんでした。そこへ突如、現れたのが「山下達郎」でした。初めて聴いたとき、日本のポップスもついにここまできたか、と思いましたね。ベンチャーズなどの洋楽を好んで聴いていた僕らにとって「日本にもこういう音楽があったら」と焦がれたサウンドを体現する一人が達郎さんでした。当時、「SONGS」はまったく売れなかったと聞いていますが、音楽好きの間では話題になっていたんですよ。

 その後、僕は達郎さんが所属するワーナーミュージック・ジャパンで働きはじめました。長年、洋楽の担当で、仕事上の関わりはありません。ところが達郎さんも僕もオールディーズが好きで、レコード収集という共通の趣味を持つ者同士。お会いするたびに音楽談議に花を咲かせて、「レコード交換会」をしたこともあります(笑)。一方で、音楽業界の人間としては、歌やメロディー以上に録音やサウンドの質に驚かされました。海外の一流スタジオでレコーディングしたような、最先端の音がする。達郎さんが発信する側であると同時に、相当な能力を持った“いちリスナー”だからでしょう。自分がリスナーとして聴いた時に、いいと思わないものは絶対に世に出さない。

 山下達郎の魅力をひとつあげるとすれば、声質に尽きます。一聴して彼の声だと分かる。達郎さんはテレビなどにでないから、「時代の空気」を感じていないと指摘する人もいますが、的外れな意見です。観客の顔が見えるホールで年に何十本ものコンサートをやり、「サンデー・ソングブック」に届くはがきやメールに全部、目を通している。達郎さんは社会の風潮やリスナーの心境をダイレクトに感じて、それが音楽の支えになっているのだろうと思います。

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