そのエピソードを聞いて、以前、樹木希林さんが「是枝監督は、日常を映し出す細かい芝居をちゃんと拾ってくれる人」と話していたことを思い出した。「食べながらセリフを言うとか、料理しながらセリフを言うとか、なんでもないしぐさとセリフを自然に見せていく芝居が一番難しい。それを是枝監督はわかってくれている」と。「ベイビー・ブローカー」でも、刑事2人の食べるシーンには、それぞれの生命力が溢れていた。

「口の中にものを入れながらセリフを言うのは難しいんですが、今回ペ・ドゥナさんは、口の中にめいっぱい食べ物を入れながら、ぎりぎりセリフのニュアンスが伝わるようにしゃべっていた。韓国のスタッフが聞いても、『ぎりぎりわかる』と言っていました。だから、そこは攻めてるんだよね」

 子役の起用の仕方に定評のある是枝監督に、「今回の子役も、すごくうまいですね」と感想を伝えると、「あれは正直、さすがに失敗したかなと思った」と言って笑った。

「利かん坊で、本当にこちらの言うことを聞いてくれない子だったんです。お芝居をすると魅力的だったけど、作品の外側で起きていることは、まあ大変でした(笑)。お母さんによれば、学校に行くとすぐ教室の外に出されるほどだそうで、それもあってか、この映画の現場が本当に楽しかったみたいです。でも、僕は学校の先生の気持ちもわかる(笑)」

(菊地陽子、構成/長沢明)

週刊朝日  2022年7月1日号より抜粋