前述した母乳の専門家であるラクテーション・コンサルタントが少ないことも関係あるかもしれません。同時に、日本人には我慢を美徳とする傾向があるからではないかな、とも感じます。子どものために自分を犠牲にして好きな物を我慢する私、いい母親じゃない……なんて自己陶酔に浸ることが、三人出産しても、日本の外に住んだ経験があっても、私自身未だにあります。

 食事だけではありません。新しいスカートの代わりに子どもの肌着を買う自分エライ、妊娠してから夜出かけることが一切なくなった自分立派、出産に合わせて髪の毛をばっさりショートにした自分潔い──。自己陶酔に陥る穴は、いつどこにでも口をぽっかり開けて子育てに疲れた自分を待ち受けています。妊娠出産すると興味関心や嗜好、性格まで別人のように一変し、かつ自分と子どもが一体化(妊娠中はまさに)したような心持ちになりますから、たとえば自分でなく子どもにばかりお金を遣うようになったのは心からそうしたいのか、それとも本当は我慢しているのか、ふたつの境目は曖昧で、かっきり分けることはできません。

 出産に合わせて髪を切ったのは、前からショートにしたいと思っていたから? ケアしやすさを考えた効率重視? 赤ちゃんがいたらロングヘアなんて維持できないという諦め? 新しい自分になって母親業に邁進しようという覚悟? そのどれもが渾然と混ざり合ってこれとひとつに理由を定められないのですが、自分も含め出産に際して断髪式のようにバッサバッサと髪を切る新米母を日本でたくさん見たあとアメリカに行って、驚きました。ママ友だちが皆一様にロングヘアを風になびかせていたからです。赤ちゃんが産まれたらロングヘアは我慢するもの、というのは自分の中にある完全な思い込みでした。

 母乳育児中の食事に話を戻すと、妊娠出産を機に食生活を見直すのはいいことでしょう。でも「いい母乳を出すために好きなケーキを我慢」と医学的にも間違った自己犠牲を強いること、ましてや「あなたのためにケーキを我慢してあげてるのに」と子どもに恩を着せるような状態になったらアウトだと、ちょっと油断すると我慢大好きモードに陥ってしまう日本人的な気を引き締めています。アメリカで出産してよかったことは? と訊かれるとたくさんありますが、いちばんは日本的な思い込みに気付けたことでした。

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