一方、日本では、オピオイドの管理はアメリカと比べてかなり厳格で、処方する医師は都道府県単位で登録しておかねばならず、使用量を逐一記録・管理することが義務付けられている。

 従って、「誰もが簡単に入手できる薬ではない」ため、「オピオイドクライシスは対岸の火事」というのが、これまでの一般的な見解だった。

 しかしどうやら日本でも、オピオイドの不適切使用はじわじわと広がっているらしい。詳しいことを獨協医科大学医学部麻酔科学講座の山口重樹教授に聞いた。

■一回の処方で数百錠も「薬が切れるのが心配でたまらない」

――医療用麻薬の不適切使用の患者さんは、先生のところでも増えていますか?

 最近の傾向として、がん治療を終了したあるいは継続中の「長期がんサバイバー」と呼ばれる人たちの不適切使用が増えてきています。日本における医療用麻薬の処方箋の割合はがん患者に対するものがほとんどで、非がん性患者への処方は決して多くはありません。よって日本で今問題になっている不適切使用は、がんを患うことを契機にオピオイドを処方された患者さんに対するものです。

 かたやアメリカは、非がん性患者に対する割合が90%を超えるとの報告もあります。この数字だけでも、アメリカの深刻さが理解できるのではないでしょうか。

――がんの治療が終わった患者さんの、がんとは関係のない慢性疼痛とはどのような痛みなのでしょうか?

「全人的苦痛」として捉えて考える必要があります。全人的苦痛には、病気やケガによる「身体的苦痛」に加え、ストレスや不安・不眠等から起こる「心理的苦痛」、家族関係の悪化や学校・仕事のこと、経済的問題等が関係する「社会的苦痛」、さらに自己肯定感の低下や自尊心の喪失などから来る「スピリチュアルな苦痛(実存的苦痛)」があります。これらの苦痛が互いに影響し合って生じる痛みをがん患者さんの多くは自覚しています。

 こうした全人的苦痛は、一般的な慢性疼痛で来院される患者さんに見られることも少なくありません。

――そうした患者さんは、どのような経緯でオピオイドの大量使用に陥るのでしょうか?

 オピオイドは感覚(身)にも、情動(心)にも作用する特性があり、全人的な苦痛の中でもスピリチュアルな苦痛の緩和に効くことが、乱用につながると考えられます。

 スピリチュアルな苦痛とは、自己嫌悪に陥る、自分が嫌いになるなどの内に秘めた思いです。病気を患うことによって生活が一変し、生活の質や日常生活動作が低下するのみならず、家庭内や社会における役割を失って「がんになる前は、頑張って親の介護もできたし、立派な娘、立派な妻、立派な母だった。それなのに、がんになってしまった今は何もしてあげられない。こんな自分は生きている価値がない」などと訴える患者は少なくありません。

 オピオイドを飲むと、痛みが緩和されるだけでなく、次第に嫌いな自分から解放される。自分を好きでいられることを実感するようになり、やがてそちらの目的で使用するようになってしまいます。これがいわゆるオピオイドの乱用と呼ばれ、不適切使用です。あっという間に薬の量が増えてしまい、オピオイドに対する知識がない医師は、痛がらせてはいけないと患者さんが欲しがるままに薬を出し、気が付くととんでもない量になっていて、慌てて私のところに紹介してくるというわけです。

 長期がんサバイバーの患者さんはすでに、がんという保険病名がついているため、医療用麻薬を処方しやすいという事情もあります。

――とんでもない量とは?

 一回の処方で数百錠も出されたりします。とても飲みきれる量ではありませんが、依存症の患者さんは、そんな量でも、なくなるんじゃないかと不安で常に数を数えています。

 たとえば、用事があって外出する際には、「家を出て帰ってくるまで4時間かかる。途中で効果が切れたら大変だから、何錠持っていかないといけない。これだけ飲んでいると次の診察までに足りなくなるかもしれないから、早めに病院に行かなくちゃ」といった感じです。

 なぜかというと、薬が切れたときの退薬症状(禁断症状)が耐え難いからです。多くの患者さんは、薬物依存を恐れるよりも、退薬症状や再び痛みが出ることを恐れています。

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日本の医師はまだオピオイドの怖さを知らない