■慢性疼痛の背景には社会的要因もコロナ禍の孤立にも目を向けよう

――不適切使用の患者さんの治療はどのようにするのですか?

 退薬症候の予防に重点を置き、オピオイドの自己使用をやめさせ、医師主導で定期的に使用するよう持っていきます。オピオイドの退薬症状は,全身の痛み、異常な汗、鼻水、落ち着かない気持ちになるなど、本当につらいものだといわれていますからね。無理にやめさせるのではなく、管理された使用により、退薬症候を予防しながら痛みの治療を継続するということになります。

 患者には、適正な使い方を身に付けましょうと説明します。臨床心理士や精神科の先生を交えた多職種で対応し、オピオイドの不適切使用に陥った背景を探り、可能であれば痛み以外の問題、特に患者の生活環境にも目を向けて対応していきます。

 これは「ハームリダクション」といって、薬物の使用を中止させるのではなく、害がない程度の量まで減らして、その使用によって生じる健康・社会・経済上の悪影響を減少させることを主たる目的とする薬物依存の対応法です。患者さんは医師の不適切な処方のせいで依存症になってしまった、いわば「医原病」の被害者ですから。人として、尊重することは重要です。

――薬物依存といえばかつて「覚せい剤やめますか、人間やめますか」という広告がありましたが、あのように人間性を否定するのはよくない。

 ああいう負のレッテルを貼るような表現は「スティグマ」と呼ばれ、今は逆に、患者さんを治療から遠ざけると考えられています。

――治療も重要ですが、医師が正しい知識を得ることはもっと重要ですね。

 そうですね。もともと医療用麻薬の使用は、がん患者さんを中心に始まりました。その当時のがん患者さんの予後は短く、当初は患者さんの死がオピオイドの使用の終了だったので、過剰投与の問題は発生しなかったのです。

 しかし、慢性疼痛への使用は、いつ薬を止めたらいいのか、何も分からないまま始められました。実のところ、今も誰も分かっていません。ただ、いろんな問題が出てくることは分かってきました。

 慢性疼痛に関する知識も重要です。特に、こじれた長引く痛みの背景に、心理社会的な要因があることを理解していないと、いたずらにどんどん強い鎮痛薬を処方したり、薬の量を増やしたりする方向に行きかねない。がん診療や痛みの診療に携わる医療者に限らず、他の診療科の先生も、痛みについて知ってもらわなくてはいけないと感じています。

――オピオイドと慢性疼痛に関する知識を医師がしっかり持つようになれば、オピオイドクライシスは十分防止できそうですね。

 慢性疼痛と薬物依存(医療用麻薬の不適切使用)の背景は酷似していて、先の見えないコロナ禍の状況では、これらの問題をしっかり考えなくてはならないと思っています。

 これらの問題は、医療において重要なだけではなく、社会問題でもあります。コロナ禍ではソーシャル・ディスタンスが大事としきりに言われていますが、過度なソーシャル・ディスタンスはソーシャル・アイソレーション(社会的な分離、隔離、独立、絶縁)を生み出し、問題をより深刻にしてしまうと思います。

 コロナ対策で重要なことは、ソーシャル・ディスタンスではなくフィジカル・ディスタンス(物理的距離)をしっかり保つことではないでしょうか。医療用麻薬の不適切使用問題の解決には「物理的距離を保ちつつ、社会的距離を縮める」ことが必須だと信じています。がんという病、慢性疼痛という病を患い、自宅と病院だけの療養生活となってしまった患者さんの社会的孤立にも目を向け、しっかりと寄り添い、患者さんが社会に戻れるように支援していくことも重要であると感じています。

(監修/獨協医科大学医学部麻酔科学講座教授 山口重樹)

山口重樹(やまぐち・しげき)/獨協医科大学麻酔科学講座主任教授。1992年獨協医科大学医学部卒業、98年獨協医科大学大学院修了。2000年米国ジョンズ・ホプキンス大学留学、06年獨協医科大学病院腫瘍センター緩和ケア部門長、12年より現職。13年~19年順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所客員教授(兼任)、14年~20年名古屋市立大学大学院医学研究科麻酔科学・危機管理医学分野非常勤講師(兼任)、20年~国立精神・神経医療研究センター客員研究員(兼任)。