人と触れ合ってみたい。小さいコミュニティーに飛び込んで撮ってみたい
話を聞いて面白いと思ったのは、2年前、初めて小野さんが嶋村さんの自宅を訪れた際、ホーリーバジルの花畑を写した写真を見せてもらい、「ぼくもこの光景を見てみたいと思った」ことだ。この紫色の花には人を引きつける不思議な魅力があるらしい。
小野さんには本格的に写真を学び始めたころから「何か、地方を盛り立てることに貢献したいという思いがあった」。「その手段の一つが写真だった」と言う。
日大経済学部で地域創生、いわゆる「地域おこし」を専門に学び、2015年からは2年間、日本写真芸術専門学校夜間部に通った。
そんなわけで「人と触れ合ってみたい、どこか小さなコミュニティーに飛び込んで撮ってみたい、という気持ちがあった」。
専門学校時代は伊豆諸島・利島と十日町市・池谷集落に通い、取材した。利島を写した作品「島の環」は17年、コニカミノルタ フォト・プレミオ年度賞特別賞を受賞。
今回のインタビューでは「島の環」「太陽と月の下」、二つの作品を見せてもらったのだが、島の人々と風土を写した前作に対して、「太陽と月の下」は撮影範囲がぐっと狭まり、嶋村さんの家族写真を見るような印象を受けた。
直感的に決めた撮影。「撮ったら絶対に面白いことがありそう」
その地域に入り込んで、撮るか、撮らないかを決めるのは、「直感的なものだったりする」そうで、嶋村さんを撮ると決めたときもそうだった。
19年春、池谷集落を取材していた小野さんは、「十日町市には『仙人』と呼ばれる人が何人かいる」ことを耳にする。その一人が嶋村さんだった。
興味を持ち、本人を訪ねると、「撮ったら絶対に面白いことがあるんじゃないかと、すごく可能性を感じました」。そして「この農家さんの1年って、どんなだろう、という感じで」、松之山に通い始めた。
取材は短いときで2泊3日、長いときで1週間くらい。1カ月に1回ほどのペースで嶋村さんを訪れた。「農作業の時期に合わせたり。『行事があるからおいで』、とか」。
ホーリーバジルの栽培は春、水を張ったお椀に黒いゴマ粒のような種を浸けるところから始まる。
「種がねばねばしたものをまとってくるので、それを土に埋めて、芽出しをするんです」
植木鉢のような形をした育苗ポットで苗を育て、10センチほどの大きさになったところで畑に植え替える。
夏になると、みずみずしい紫色の花穂が伸びてくる。朝日を浴びた畑に腰を下ろし、少し葉のついた花穂を花茶やスパイスの材料にする分だけ切り取っていく。
秋は本格的な収穫シーズン。大きく育ったバジルを根元から刈り取る。傷んだ葉を取り除いて束ね、天井に張った縄につるし、3週間ほど干す。乾燥したら「穂ガラ取り」。花と葉を枝から指でしごき取る。
どれもとても手間のかかる作業で、それが写真からも伝わってくる。嶋村さん一人ではこなせないので、祖父母や集落の友人の手を借りる。口コミやインターネットで募ったボランティアや農業体験の学生も訪れる。
そして、雪の季節がやってくる。