伊藤野枝の人生は28年だった。

 野枝(本名ノエ)は明治28年に福岡で生まれて貧困の中で育ち、叔母夫婦を頼って女学校入学のため上京。卒業直後に強引に嫁入りさせられた家を8日で逃げだし、母校の英語教師だった辻のもとへ転がりこむ。

 憧れの平塚らいてうを頼って青鞜社で働き、婦人解放運動家として頭角を現しながら2人の子どもを産んだ後、野枝は妻も愛人もいるアナキストの大杉栄と恋に落ち、辻と子どもを残して出奔。四角関係の末の刃傷沙汰(日蔭茶屋事件)を経て大杉との間に5人目の子どもを産んでほどなく、関東大震災後の混乱の中、大杉とともに憲兵隊によって連れ去られ、惨殺された。

 村山由佳の『風よ あらしよ』は、野枝の短くも激しく濃密な生涯をドラマチックに描いた長編小説だ。膨大な資料に裏付けされた評伝としても第一級の内容だが、小説として画期的なのは、野枝に関わった十数人の視点も活用して多面的に、重層的にその実像に迫った点である。このアプローチによって彼女の美点も欠点も生々しさを増し、読者に、より鮮明な「伊藤野枝」像を想像させるのだ。

 こうして私の身近に迫ってきた野枝は、タイトルどおりの人物だった。<強い風こそが好きだ。逆風であればもっといい>と願い、だから、男尊女卑の制度や言論弾圧に対して猪突猛進で異議を唱えつつ実践した。大正デモクラシーが生んだ徒花のようかもしれないが、自身の骨身から湧き出る主張を行動で示し続けて死んだ野枝の姿には、神々しささえ感じてしまう。

 翻って現在、私たちはちゃんと異議を訴えているだろうか。この快作は、野枝の声を通してそう問いかけてくる。

週刊朝日  2021年2月5日号