写真家・伊奈英次さんの作品展「残滓の結晶 ~CRYSTAL OF DEBRIS~」が12月17日から東京・品川のキヤノンギャラリー Sで開催される。伊奈さんに聞いた。
11月中旬、東京・秋葉原にあるプロラボ「写真弘社」を訪ねた。そこで行われる展示プリントの確認作業を見せてもらうためだ。
圧巻だったのは写真展会場の入口を飾る高さ約3メートルの巨大な作品。モチーフとなったのは会場、キヤノンギャラリーSの真向いにある、品川インターシティだ。
「でも、これは全部ウソだから」
伊奈さんにそこまであっけらかんと言われると、もう笑うしかない。そして、こうも言う。
「パーツは全部ホントなんだ」
作品はすべて合成写真。渋谷、新宿、汐留など、東京をメインにさまざまな場所を、複数のカットを合成することで作品をつくり上げている。
<増幅する都市の断片――それは虚構か、現実か>
写真展のポスターにあるサブタイトルが秀逸だ。
現実を写しているのだけれど、現実ではない。画面の中に不思議な世界が広がっている。実在する世界と並行して存在する別の世界、「パラレルワールド」。そんな言葉が頭に浮かんだ。
「ああ、失敗した」。それが作品づくりのきっかけに
この作品がユニークなのは、画像ソフトPhotoshopを使って合成する際、通常ではあり得ない処理を繰り返し、なんとも奇妙な映像をつくり上げていること。作品づくりのきっかけを伊奈さんはこう語る。
「ある日、撮影した画像をつなげるステッチング合成していたら、『バグ』が出たんですよ。つまり、画像がうまく合わない。そうすると、絵が変になるじゃないですか。それが、忘れられないくらいすごい絵が出た」
――つまり、ステッチングがうまくいかないことを逆手にとって作品化することを思いついたわけですね。
「そうそう。そのときは『ああ、失敗した』と思って、捨てちゃったんだけど、それからステッチングがうまくいかないのを意図的につくり出すにはどうすればいいのか、半年くらいずっと考えたんです」
ステッチングというのはパノラマ写真などをつくるときの合成手法。周囲を見渡すように複数の写真を撮影し、それをソフトウエアでつなげていく。それぞれの画像が少し重なるように写すのコツで、そうすることによって、つなぎ目が自然なパノラマ写真が出来上がる。
逆に、重なる部分のない写真を無理につなげようとすると、ソフトウエアは「バグ」を生み出してしまう。それが今回の作品づくりの土台となった、というわけだ。
魔法のように生み出されていく不思議な画像
でも、どうやったらこんな作品が出来上がるのか?
「言葉で説明するのもなんですから、実際にやってみましょう」
伊奈さんはそう言うと、カバンからノートパソコンを取り出し、Photoshopを立ち上げた。画面には東京駅周辺を撮影した5、6枚のカットが映し出されている。
「めちゃくちゃに撮ったのをくっつけようとするほうが合成はうまくいかないんですよ」
そこまではわかる。しかし、それで出来るのはただの変な写真、失敗作でしかない。
「Photoshopにはいろいろなツールがあるじゃないですか。それをいろいろいじっているうちに、うまくいくようになったんです。でも、それを教えちゃうと、全部わかっちゃうから――そこまでは教えられない」
実はこのとき、作品づくりの過程を最後まで見せてもらったのだが、魔法のように生み出されていく不思議な画像にあっけにとられた。
その横で伊奈さんは、「なんだ、これだけのことか、と思うでしょ」と、茶目っ気たっぷりに言う。
確かにそうだ。でも、やり方を教わったからといって、誰にでもつくり出せる画像とは、到底思えない。キャンバスに絵の具を塗れるからといって、ピカソやゴーギャンのような作品が描けるわけがない。