
「説明事項を読むうちに先の先まで考えだすと怖くなりました。もし子どもに遺伝するような遺伝子変異が見つかった場合に伝えるべきか。伝えるならどう伝えていくか。その後、子どもにどんな影響があるのか。一つひとつリアルに考えました」
結果として、遺伝性の病気は見つからなかった。それでも谷島さんは今、社会的な影響に思いを馳(は)せている。
「遺伝子情報を知るのが当たり前になる社会になって、遺伝子変異を持っているというだけで、民間の保険に入りにくく、就職しにくく、ブライダルチェックをされる、なんてことになれば、遺伝子差別社会ですよ。もうすでにリアルな問題。今後、これは一番の社会的課題になっていくと思いますよ」
国立がん研究センター中央病院認定遺伝カウンセラーの田辺記子さんによれば、親から遺伝子を受け継いでも、がんになりやすい「体質」が遺伝するだけで、必ずしもがんを発症するわけではないとのこと。田辺さんは言う。
「偏見をなくすためにも、正しい知識は必要。予防の手段も正確に理解の上、ご自身で決めていくことが大事です」

料理家の栗原友さん(47)は、19年に左胸に乳がんが見つかる。「若年で、がんのタイプも気になる」との医師の指摘で遺伝子検査を受けたところ、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)だと判明。生涯で乳がんを発症するリスクが最大で9割、卵巣がんを発症するリスクが最大6割と聞き、「できる対処はしておきたい」と考えた。
7月に左胸と病気がなかった右胸の両方を切除。両胸の再建手術も同時に行った。すると、予防と思って切除した右胸に、早期のがんが見つかった。「命拾いした」と感じたという。20年には卵巣と卵管も予防のために切除した。その時は保険が適用された。
栗原さんがSNSで質問を受けた時に、「怖くて、検査を受けられません」という声を数多く聞いたという。
「がんのリスクを知るのが怖い気持ちはわかります。でも、ほっといたら命に関わる病気でもある。対処をするには早く知ることは有効なんだよねと、私なんかは思っちゃう。ただ、検査を受けることも、リスクを減らす手術のことも、自分の選択なんです。『自分にとっての最善』というものを考え抜くしかないと思うんですよ」(栗原さん)
がんのことも、遺伝の病気のことも、「普通」だと受け止めて、それぞれの最善の選択ができる世の中になってほしい──。栗原さんはそう願っている。(ノンフィクションライター・古川雅子)
※AERA 2022年7月11日号より抜粋